「さて、今日は純くんの5番目の質問にある、HV(ガソリンハイブリッド車)は、何故日本、そして北米にしか今のところ広まらないのか?について考えていこう!理由は大きく2つあって、交通事情の違いと心情的な違いにより、HVの受け入れ方が違うように思う。
先ず交通事情の方から説明しよう。図3-10は米国、日本、欧州での運転パターンをまとめたものだ³³⁾。縦軸はクルマ加速度Gの大きさで、0.1Gで加速感が分かり、0.3Gで急加速のショックが十分伝わるレベルだ。日本と米国の交通事情は、速度規制などもあって比較的良く似ている。ただ、米国では欧州同様に郊外路での急加速による追い越しがみられる。
出典☛MotorFan illustrated vol.47「AT」@三栄書房;p84
一方、欧州では日本とかなり運転パターンが異なっている。簡単にまとめると、
1)日本では定常走行で最高速度は100-120㎞/hに制限されているのに対して、欧州ではドイツのアウトバーンに代表されるように200㎞/h以上で走行できる道路がある。
2)日本では走行速度60~120㎞/h程度での緩加速であるのに対して、欧州では200㎞/h程度までの急加速が目立つ。要するに150-200㎞/hで急加速するということだ。
この2つの相違点は交通インフラによるものが多い。日本では市街地・郊外において信号機が多く設置されているが、欧州では郊外では圧倒的に数が少ない。また郊外・市街でターンアバウト³⁴⁾があちこちに設定されており、信号機を減らしている。そしてアウトバーンに代表される高速道路の整備が行き届いている。」
「パリの凱旋門はターンアバウトで有名だよね。」
「そのためか、日本では信号待ちからの発進加速の頻度が多くなっており、低速域での加速燃費、低中速で定常走行燃費は非常に重要になってくる。一方、欧州では低中速の加速燃費も重要であるが、高速域での加速燃費、定常走行燃費が重要になって来る。例えば150㎞/hの速度から200㎞/h以上まで急加速とか、アクセルをベタ踏みして220㎞/hで運転するといった日本では考えられない運転が日常的に行われている。」
「なるほどね、日本と欧州では交通事情が随分違うということは理解できたよ。」
「そこで、図3-11にHVのトルク特性(モータとエンジン)と日欧のクルマの運転領域を模式的に表してみた。」
「先ずHVの特性から話をするね。緑線がモータートルク特性、赤線がエンジントルク特性で、この合わせたものがHVの特徴的なシステム出力特性(図示なし)となる。
HVでは始動時からモーターの大トルクで始動発進できる。これは低速トルクが小さいというGVの欠点を大きくカバーしていると言える。一般のHVでは30~50㎞/hまではEV定常走行できる。そして加速もしくは中速域以上ではエンジントルクのアシストが加わって来る。ここではエンジン熱効率30-40%程度で発電して充電し、その電力で駆動するモータートルクが常に加わっている。日本の走行条件ではこの2つモード、EV走行、EV走行+エンジンアシスト走行で十分だ。さらに日本では中々ないと思うけれど、高速域では熱効率20-30%で発生するトルクだけで走行するエンジン走行モードだ。
始動からの加速はモーター走行で十分だし、不足であればハイブリッド走行に切り替える。当然高速域でも特殊な加速をしない限り、ハイブリッド走行で十分走れる。この際エンジン熱効率が30-40%の間で発電制御されているという状況だ。エンジン単独走行という走り方は、非常に少ないと思う。以上HVの走行特性を考えると、これまで話してきた日本の使われ方(図3-11の黄色の領域)に、相性がピッタリという感じだね。
ところが、欧州では事情が違ってくる。もちろん始動から低速走行域ではHVの旨味は生かされている。ところが、中高速領域での常用運転、加速運転の割合が多い(図3-11の青色の領域)という点がHVの利点を活かせない。エンジン運転割合が多くなるためだ。またHV用エンジンでは中速域のトルクは燃費重視のためにかなり抑えられてしまう³⁵⁾。したがって、これまで高速重視の運転パターンにはHVはなかなか適合しない。これが欧州では燃費が伸びなくて、HVに人気がない大きな原因だ。」
「なるほどね。確かに高速重視の運転パターンではHVでは辛いかもしれないね。でももう一つの理由は何?」
「欧州では不幸なことに、初めて欧州メーカがHVを生産販売したのはクラッチなしの同軸のHV³⁶⁾だった。従来のエンジンがそのまま使え、同軸上に簡単に設置したモーターでアシスト、回生が出来るというHVだった。心情的にはトヨタ・ホンダと同じHV機構を採用したくないというプライドもあったのだろうと思う。結果的にはエンジンとの切り離しが出来ず、共回りして燃費をあまり稼げないという結果になり、これが欧州ではHVの燃費効果は少ないという風評に繋がっていった。」
「出だしが悪かったということか?」
「もちろん、技術的にはHVの高速域での走行は不利であることは変わりはない。ただし、低中速域での燃費の良さが見直されてきて、最近の欧州市場ではトヨタHVの売れ行きが好調だ³⁷⁾。例えば2016年93万台の内29万台、約30%がHVだったのに対して、2019年では推定120万台の内、半分の60万台がHVという販売台数が見込まれている。2020年-21年の排ガス規制、燃費規制でGV、DVが売れなくなる、またEVがなかなか一般ユーザーまで浸透してこないなどの要因でHVに振れていると思うよ。」
「いよいよ。日米市場だけでなく、欧州市場にはHVは展開されていくのか・・・。」
「でもそれだけではない。後だ詳しく話をするけれど、中国のNEV規制³⁸⁾³⁹⁾という規制がある。これは2019年からEV、PHVをある比率で販売しなけらばならないというものだ。ただ、EVの売れ行きが悪く、中国市場になかなか浸透してないのが実態なんだ。そこで、中国政府は燃費が良いBest5までの乗用車もNEVとしてカウントしてもよいということになった。これで日本各社はHVを販売しやすくなったということだ。」
「じゃ、世界の排気ガス規制、燃費規制、そして乗りやすさという点で、今では先進国の一般ユーザーにHVは受け入れ始めたということなんだ。」
「そうだね。やっと、ガソリンエンジンの将来の使い道がはっきりしてきたのかなと思うよ。先進国ではGVは燃費で壁に当たり、DVは排気ガス規制、価格で限界に近付いてきた。EVには一気に浸透しないということで、HVが主役の時代が今来ているという感じかな?当然PHVにも繋がっていくしね。」
「GV、DV、そしてHVと勉強して来てよく分かったと思う。また10の疑問点も第1~5まで自分なりに納得できたと思う。今までのところまでを一度まとめてみるよ。」
「そうだね。それがいいと思う。1週間ほど休憩をとって、その間に私は次の内容を整理しておくよ。純くんは夏休みを楽しんで、その合間に復習しておいてもらうと後半を始めやすいな。」ということで2週間に及ぶクルマ談義の前半を終えた。セミの声がうるさく、夏真盛りである。@2018.12.17記、2019.7.29、2019.12.29修正
《参考文献および専門用語の解説》
33)MotorFan illustrated vol.47「AT」@三栄書房;p84
34)ターンアバウト☛交差点の一種である。3本以上の道路を円形のスペースを介して接続したもので、この円形のスペースの真ん中には中央島と呼ばれる、円形の通行できない区域がある。車両はこの中央島の周りの環状の道路を一方向(右側通行なら反時計回り、左側通行なら時計回り)に通行する。@Wikipedia
35)ミラーサイクル(吸気スロットルを開き気味にして吸気を余分に吸い込む。そして吸気弁を遅く閉じて余分な吸気を戻す。これにより、吸気スロットルが開き側に制御でき、ポンプ損失仕事を減少させ、熱効率が上がる。欠点はエンジンの排気量が出力から削られるということ)により、低中速域のトルクは下がる。
36)MotorFan illustrated vol.67「ハイブリッド再定義」@三栄書房;p49
37)「トヨタHVが欧州でブレイク。日本を上回る市場に」世界のニューストトメス5世@2019.8.24
38)NEV☛New Energy Vehicles(新エネルギー自動車)」の略語。中国政府が環境性能の高い車種に補助金を出すために、「NEV」と呼ばれる新しい表現を用いた。NEVの対象車は当初EV、PHV、FCVだけであり、米国ZEV規制と同じくHVは除外された。
39)NEV規制☛2019年からNEVをNEV算出POINTで全販売台数の10%以上確保しなければならないという規制。毎年2%ずつ規制値を上げて、2023年18%まで決まっている。例えば次の文献には詳しく説明したある:「中国ZEV規制について説明します」EV業界がわかるノート@2019.5.4