休憩後、早速談義の続きを始めた。
「超希薄燃焼の大きな技術課題は次の通りになると思う:
1)如何に着火するのか?
☛何といっても混合気が薄くて火がつき難い。空気過剰率λ=2であれば、理論空燃比ガスの2倍薄いことになる。中々通常のプラグ点火の火花では火が着いてくれない。
2)火炎核から如何に火炎伝播させていくのか?
☛たとえ着火して火炎核ができたとしても、薄くてなかなか火炎伝播していかない。これまでの吸気の渦に乗った火炎伝播という燃焼形態のままでは難しそうだ。
3)空気過剰燃焼であるため、大量のNOxが発生
☛ここはディーゼル燃焼と同じ悩みとなる。NOx触媒を付けたら、システムコストが上がる。如何にNOx発生を抑えるか?燃焼温度を1600~2000Kに抑えればNOx発生は抑えられるが²⁹⁾、如何にして燃焼制御するのか?
4)混合気の希薄化をどのようにするのか?
☛単純に考えれば、λ=2の場合、同じ燃料量で2Lエンジンであれば、4Lの吸気量が必要となる。高排気量化もしくは過給化?を考えなければならない。」
「どれも大きな課題に見えるね。」
「その通り。だから夢の燃焼技術って言われてきたんだ。各課題に対して、
➊点火エネルギー増量、圧縮比増量して何とか着火できないのか?
➋火炎伝播を促進する方法はないのか?
➌着火に必要な燃焼温度1600Kを確保しつつ、燃焼温度を最大2000Kに抑える燃焼ガス冷却方法はないのか?
➍排気量を大きくするか、過給技術を使うかで、いずれにしても商品性に問題が生じる。
など課題はまだまだ大きい。
これらの課題を克服して、図2-10に示したように超希薄燃焼技術で低温燃焼が得られれば、NOxを触媒無しで抑えた、従来の最大熱効率40%を大きく超えるガソリンエンジンが実現できるという訳だ。」
出典☛ 日経Automotive(2016年7月号)@日経BP社;p48 より加筆
「SIPエンジンは正味熱効率51.5%を達成したんだよね。」
「でもこれは単筒エンジンで、しかも中速高負荷の1点だけだ。ただ、それでも達成したことは素晴らしいことだと思うよ。SIPエンジンの最終公開シンポジウムで発表されたように、課題➊、➋については次のように対処しているようだ:
課題➊☛多点着火法を用いている。着火用に駆動回路を10個準備して、連続10回着火して火炎核群を生成したらしい。実用化が非常に難しいね。
課題➋☛SIPエンジンの最重要ポイントは強いタンブル流動³⁰⁾のようだ。具体的に燃焼の流れを説明²⁸⁾すると、図2-11の左図(右図はディーゼル燃焼)のようになる:
➀➁☛吸気弁に目掛けて吸気ノズルからシリンダー内に注入。その結果、筒内で強いタンブル流動が生じる。これが大きなポイントになる。そのため、超希薄な混合気をピストンで圧縮しても、強いタンブル流により微細な渦群を生成している。
➂☛この混合気の渦群に対して、適切な間隔を空けて複数回(今回は10回)、強力な放電エネルギーを与えるスーパー点火を行う
④☛タンブル流に追従して放電路(黄色の線)が伸びると共に、未燃ガスに放電エネルギーが分散的に供給され、燃焼室内にいくつもの火炎核が生成・蓄積される
⑤☛ピストンによって混合気が最も圧縮されると、タンブル流動が崩壊する
⑥☛圧縮による圧力・温度の上昇に伴って、多数の火炎核が同時に火炎伝播を開始・加速して急速燃焼となる。」
出典☛「SIP(革新的燃焼技術)が脅威のエンジン熱効率を達成」Park blog@2019.2.4 より加筆
以上の流れで多数の火炎核群により一気に燃焼するという全く新しい、しかも安定した燃焼形態を生み出したということだ。ただし、エンジン特性全域に対して、特に課題➌、➍を解決しなければ、まだまだ実用化への道は厳しいと思う。」
「でも1点でも超希薄燃焼の熱効率は、50%以上確保できることを示したというのは素晴らしいね。早く実用化の道が開けるといいね。ハカセ、10の疑問の4番目である超希薄燃焼技術がどんなものか、どこまで達成できているのか、具体的に理解できたと思う。」
今日はこれで終わることにした。次はハカセの専門でもあるディーゼルエンジンの排気ガス浄化について説明する予定だ。@2018.12.11記、2019.7.23、2019.12.3修正
《参考文献と専門用語の解説》
29)日経Automotive(2016年7月号)@日経BP社;p48
30)タンブル流
☛希薄燃焼のキー技術の一つ。スワールは筒内円周方向の流れに対して、タンブルは筒内縦方向の流れ。吸入時に発生するが、圧縮時には壊れやすい。如何にして圧縮行程、燃焼行程までタンブル流を保つかが重要なポイントとなる。ガソリンエンジンの燃費改善には急速燃焼させることが重要であり、これは超稀薄燃焼だけでなく、理論空燃比の燃焼にも必要な技術。