「昨日の三元触媒と理論空燃比制御の話しは、どうだった?」
「考えれば考えるほど、この2つのシステムは上手く出来ているね。でも凄いのはこのシステムに使われているO2センサー。昨日終わってから、ネット記事を読んで勉強したけれどよくこんなもの考えたよね。このセンサーのお蔭でガソリン車の排出ガスは90%以上も浄化できているんだね。」
「ガソリンの三元触媒システムは、排気ガス浄化に対して完璧に近い!あとは燃費をディーゼル車に如何に近づけるかというのが課題として残った。そんな中、2005年に図2-6に示したダウンサイジングコンセプト¹⁵⁾という考え方がVW社から発表された。」
出典☛ MotorFan illustrated vol.64「ターボ新時代」@三栄書房;p76 より加筆
「このコンセプトは別に目新しいものではないけれど、ガソリン直噴技術と過給機との組み合わせという点では刷新した形で登場したことになるね。過給機はわかるよね。図2-7の左図に模式図を準備したよ。排気ガスのエネルギーでタービンを回し、同軸上のもう一つの端に設けた吸気側のコンプレッサー駆動させて圧縮空気をエンジンシリンダー内に送り込む装置ことで高出力化できる。」
「過給機は昔からあったはず。何故急に2005年になって注目されたの?」
「いい質問だね。このコンセプト自体は目新しいものではなく各地域で古くからあった。ただ、過給エンジン車の過渡のレスポンスは悪く、いわゆるターボラグ¹⁶⁾などの課題がなかなか解決できないでいた。さらに、過給された空気は温度が上がり、図2-7の右図に示したように、圧縮行程中に着火してしまうプレイグ(プレイグニッション)や膨張行程中に火炎伝播の圧力などで早く着火してしまうノッキングが起こりやすい。そのため圧縮比は上げられ難く、またハイオクガソリン¹⁷⁾仕様する必要があり、扱いにくいエンジンだった。90年代になると日本では国産ターボ車は、一部高額なスポーツ車種を除いて消えていったという歴史がある。ところが、この過給エンジンに救いの手を差し伸べたのが、図2-6に示した日本のガソリン直噴技術という訳だ。」
出典☛ MotorFan illustrated vol.77「圧縮比」@三栄書房;p60 より加筆
「1996年に三菱自動車が世界で初めて生産開始したGDI¹⁸⁾のことだね。」
「日本が火をつけたガソリン直噴技術は、世界中に拡散して次第に成熟していった。そして、VW社はこのガソリン直噴技術と過給機を組み合わせたダウンサイジング(D/S)コンセプトを発表したんだ。実際には1.4リッター4気筒エンジンにターボとスーパーチャージャーを組み合わせたツインチャージャーTFSI¹⁹⁾エンジンをゴルフに搭載した。その外観図を図2-6に示した。」
「何かエンジンの構造が複雑になって来たね。値段が高そうなエンジンだ。」
「そうだね。このエンジンでは図2-7の左図に示したように、過給機のコンプレッサーで温度が上がってしまった吸気をまずはインタークーラー²¹⁾で冷却する。さらに直噴エンジンはガソリン燃料を直接筒内に噴射するということでガソリンの気化熱で燃焼室や混合気の温度を下げることができるようになった。これによりプレイグ、ノッキングを抑制できるようになったんだ。
スーパーチャージャーを装着してエンジン低速時のターボラグが解消でき、高回転域ではターボチャージャーが出力を補うという形にした。結果的には低速からの加速が良く、安定した高速運転ができるようになった。肝心の燃費という点では、使用頻度が高い市内走行、郊外走行では軽負荷域では、1.4Lという低排気量エンジンの燃費を確保することができた。過給機による高出力で、なおかつ低排気量による低燃費という、このD/Sターボのコンセプトは欧州、北米、そして直噴技術発祥の地である日本にまでやって来た。」
「だから分からないんだ。何故D/Sターボ車の販売が伸びていかないのだろう?。」
「結論から言えば、NAエンジン車の燃費改良がさらに進んできたということかな?純くんの10の疑問点である、➌何故D/Sターボ車は何故広まらなかったか?だよね。D/Sターボ車が欧州市場に広まった2015年の春頃から、マツダ車2L(NAエンジン)の燃費とゴルフ1.4L(D/Sターボ)ではあまり変わらないのでは?という評判が消費者の間で広がっていった。図2-8を使って私の推定を説明しよう!」
博士は事前に準備してあったエンジントルクの模式図(図2-8)を取り出した。
「左側が圧縮比ε=13の2L・NAエンジン²²⁾、右側は圧縮比ε=9の1.4L・D/Sターボエンジンのトルク性能を模式化したものだ。水色の領域がいわゆる実用走行域(比較的使用頻度が高い領域)で、茶色の領域は過渡・高速走行域を示した。当然NAエンジンでは実用域では大排気量だから燃費は良くならない。D/Sターボエンジンでは実用走行域では小排気量エンジンの燃費となり、熱効率は最小燃費域(緑色の領域)に近づくため燃費は良くなる。したがって、実用燃費はNAよりも良くなり、D/Sターボが優位であることは明白だよね。これがいわゆるD/Sターボのコンセプトの利点だ。
ところが、欧州市場では時速200㎞/h以上の高速走行となると、過渡走行を含めて高トルクを必要とし、当然その領域での燃費は重要となる。この時、NAエンジンでは高速域では圧縮比がε=13と高いことから熱効率が高く、最小燃費域(緑色の領域)に近いことで、燃費が有利になる方向に動く。ところが、D/Sターボエンジンではプレイグなどが発生しやすくなるため、圧縮比がε=9程度と小さく熱効率が悪化する。結果的には最小燃費域から大きく高負荷側に外れてしまい、燃費は不利となるということだ。
以上を総合的に定常域に過渡・高速域を加えての燃費評価をすると、お互いの得失が相殺されて、走行燃費では2L・NAエンジン車≒1.4L・D/Sターボエンジン車となっているのではないかと思う。ただD/Sターボエンジン車は、高価格設定、過給機のコスト・メンテナンス、高価なハイオクガソリンの指定などのマイナス要因が消費者側に大きく影響すると思うね。燃費が同等だとしても、結果的には次第にD/Sターボ車から欧州ユーザーが徐々に離れていく傾向にあるようだ。これが純くんの10の疑問の3番目の回答だね。」
「なるほどね。でも2L・NAエンジン車の燃費改善がここに来て進んできたということかな?だから最近D/Sターボって言わなくなったんだ。でもドイツのメーカー、特にVW社は悔しいだろうね。」
「欧州ユーザーが次第にNA車を受け入れ始めていく姿は、D/Sターボ推進派のドイツ勢には受け入れがたい状況だと思う。したがって残るはクリーンディーゼル!ということで力が入ってきたと思うね。ガソリン燃焼の燃費をディーゼルに近づける努力を続けたけれど、結果的にはガソリン車の燃費改善には至らなかったと言えるね。最後の砦ともいうべき、ガソリンエンジンの超希薄燃焼技術には大いに期待しているし、実はHV用エンジン、PHV用エンジンにも使えるので将来性への期待が非常大きい技術だと思っている。この続きは明日にしよう!」@2018.12.10記、2019.7.22、2019.12.7修正
《参考文献および専門用語の解説》
15)ダウンサイジングコンセプト
☛ガソリン直噴エンジンにおいて、ターボチャージャー、スーパーチャージャーなどの過給機を使うことにより、従来エンジンと同等の動力性能を確保したまま排気量を小型化し、走行燃費を向上させるエンジンコンセプト。
16)ターボラグ
☛アクセルペダルを踏み込むと、排気エネルギーが少しずつ上がっていくが、それに比例してタービンの回転数が上がっていくわけではない。止まっている風車に息を吹きかけると判りますが、ある程度の強さまでは風車が回らず、それ以上に強く吹くと一気に回転数が上がります。これと同じようにタービン・コンプレッサーの動き始めは摩擦抵抗も大きく慣性重量もあるので、なかなか回転しない。「アクセルペダルを踏んでエンジンの回転が上がり始めているんだけど、パワーが出てこない」という感触、これがターボラグ。@WEB CARTOP(2017.5.8)
17)ハイオクガソリン
☛ノッキングを起こしやすい(ノック性の高い)ガソリン成分は「ノルマル-へプタンC7H16」で、ノッキングを起こしにくい(ノック性の低い)ガソリン成分は「イソ-オクタンC8H18」である。オクタン価とは「イソ-オクタン」の容量比のことを言う。ハイオクガソリンはJIS規格ではオクタン価96以上(実際には98-100)の燃料。ちなみにJIS規格ではオクタン価89以上(実際には90程度)の燃料。ハイオクガソリンは1割程度、高価格になる。
18)GDI☛Gasoline Direct Injection engineの略。
燃料であるガソリンをシリンダー内に、高圧で直接噴射するガソリンエンジンのこと。筒内噴射方式とも呼ばれる。@Wikipedia
19)TFSI☛過給機(Turbo)を装着したガソリン直噴(Fuel Stratified Injection)エンジンの総称
20)スーパーチャージャー
☛エンジンの駆動トルクを使って吸気側に設けたコンプレッサーをベルト駆動させ、吸気を圧縮してシリンダー内に送る装置。エンジンの低中速域では効果があるけれど、高速域になると逆に吸気抵抗になるため、電磁クラッチでベルト駆動を切り離し、バイパスから吸気を直接エンジンに入れている。
21)インタークーラー
☛インタークーラーを日本語に訳すと中間冷却器の意味。ターボチャージャー(過給機)とエンジンの中間に設置。インタークーラーは、過給機のコンプレッサーによって圧縮され高温となった空気を冷やす役割を持つ。
22)NAエンジン☛Natural Aspiration エンジンの略。一般に使われている自然吸気(ノンターボ)のエンジンのこと。