「さて、昨日はディーゼルエンジンの正味熱効率がガソリンエンジンよりも高くなることは理解できたかな?今日はその比較実例²⁸⁾として図1-12を持ってきたよ。ただし、正味熱効率ではなく、1(kWh)当たりの燃料消費量(gr)である正味燃料消費率f(gr/kWh)の等高線を示している。また、縦軸にはエンジントルクに比例する正味平均有効圧pe(bar、MPa)で、その等高線を表している。この二つの専門用語はエンジン性能を理解する上で重要な上言葉なので、詳しく説明していきたい。」
「それは助かる。いつもエンジン性能線図を見ていると、この言葉が出てくる。検索して読んでもよく分からなかったんだ。」
出典☛MotorFan illustrated NO.85「熱効率」@三栄書房 から加筆
「まず、正味平均有効圧から、図1-13の模式図で説明する。エンジン筒内の燃焼圧力は、燃焼期間から少し遅れて二等辺三角形の波形状に変化する。平均有効圧とは燃焼ガスがピストンを押す単位面積当たりの平均的な力の大きさのことだ。何でこんなややこしい言葉を持ち出すかというと、次の理由からだ²⁹⁾。エンジン出力(kW)はエンジンの排気量(総行程容積)を増せば増大する。したがって排気量が異なる機関との性能差は、出力の絶対値ではどうしても議論できない。
そこで、図1-13において先ず#1気筒で考える。燃焼圧力は筒内圧力P*で示した赤線のように変化する。ここで、筒内圧力をクランク角度-360~-180°の範囲の行程容積当たりの平均圧力で議論するとどうなるのか、ということだ。これを平均有効圧pと定義すると、
平均有効圧p(N/m²)=W1(#1気筒のサイクル仕事)/Vs1(#1気筒の行程容積)
となる。図から分かるようにW1=p×Vs1であるので、仕事W1は横が行程容積Vs1、高さが平均有効圧力pの長方形の面積で表される。つまり、平均有効圧力pとは図1-13における仕事W1の高さということになる。第2気筒、第3気筒、第4気筒も同じように考えると、エンジン2回転の総仕事Wは次のように表される:
W(エンジン2回転の総仕事)
=ΣW(各筒の仕事)
=Σ{p(各平均有効圧)×Vs(各行程容積)}=p(高さ;平均有効圧)×V(横;総排気量)
つまり、排気量(m³)当たりのエンジン仕事を表している。これは異なる排気量エンジンの性能を比較する指標となるものだ。ここまでいいかな?」
「結局、平均有効圧は全行程容積当たりの平均圧力という意味だよね?」
「その通り。仕事が理論仕事Wth、図示仕事Wi、正味仕事Weによって、平均有効圧もそれぞれ理論平均有効圧pth、図示平均有効圧pi、正味平均有効圧peと呼ぶ。
また、エンジントルクT(Nm)は全気筒による正味仕事の総和(2回転720°)であるから、全気筒の長方形(縦:正味平均有効圧、横:行程容積)を合わせた面積(仕事)になる。ただし、トルク(Nm)は力(N)×距離(m)であるから、エンジン2回転720°を無次元化して単位を合わせるため、4πで割る必要が出てくる³⁰⁾。したがって、エンジントルクTは、
エンジントルクT(Nm)=正味平均有効圧力pe(N/m²)×総排気量V(m³)/4π
となる。排気量が同じであれば、平均有効圧peはエンジントルクTに比例するということだ。」
「排気量が同じであれば、エンジントルクと思えばいいかな?」
「エンジントルクと置き換えて考えれば、分かりやすいかもしれないね。では次に説明したいのは、燃料消費率という言葉だ。日頃、クルマの燃費がいいとか悪いとか純くんのお父さんやお母さんもよく言うだろう。燃費は日常の会話で使う言葉でもあるけれど、実はここで使う燃料消費率の単位はちょっと違う。エンジン単体では燃料消費率(gr/kWh)という言葉を使う。さっきも言ったように、1(kWh)当たりの燃料消費重量(gr)を表している。純くんが会話や雑誌で出てくる、ガソリン1L当たりのクルマの走行距離で表す燃費(km/L)とは違うね。正味仕事の燃料消費率を正味燃料消費率f(gr/kWh)と言って、BSFC³¹⁾と呼ばれる。BSFC(gr/kWh)と燃費(km/L)とは、反比例の関係にあるから混同しないようにね。」
「でも燃料消費率を1kWh当たりの燃料消費量で表現すると分かりにくいね。1kWhのイメージがないからかな?」
「1kWhはかつ丼1杯のエネルギー量と言われている³²⁾。燃費(km/L)は走行距離(km)だから、分かりやすいクルマの燃費指標だよね。これに対して、燃料消費率(gr/kWh)はエンジン単体の燃費指標であるため、どうしても1(kWh)当たりの燃料消費量(gr)となる。
では、二つの専門用語である正味平均有効圧peと正味燃料消費率BSFCが理解できたとして、やっと図1-12に話を戻すことにするね。横軸はエンジン回転数(rpm)、縦軸は正味平均有効圧pe(bar)。全負荷トルク特性の中に、比較的低い燃料消費率領域(<240gr/kWh)を斜線域で表した。また最小燃料消費率域を小さな楕円(実線)で示している。明らかにディーゼルエンジンの低燃料消費率領域がガソリンのそれと比べると、特に低負荷領域まで拡がっていることがよく分かるよね。また、最小燃費領域も30(gr/kWh)の差がある。したがって、ディーゼルエンジンの燃料消費率は、機械摩擦仕事で多少不利でも総合的には理論熱効率、小さな損失仕事で有利になるということが理解できるはずだ。ディーゼルエンジンをクルマに搭載した時、走行燃費(km/L)として15~20%程度良くなる訳だね。分かったかな?」図1-12を理解するために、重要と思われる平均有効圧pと燃料消費率fの説明をしたが、純一郎が何となく分かってくれたような気がした。@2019.7.20記、2019.11.27、2019.12.11修正
《参考文献》
28)MotorFan illustrated NO.85「熱効率」@三栄書房;p58
29)「ガソリンエンジン」中島泰夫@山海堂;p14
30)ラジアン単位☛ラジアンとは「円(扇形)の孤の長さ(L)÷円の半径(r)」によって求められる角度Θの単位[rad(ラジアン)]で、一般には省略する。L=rΘの関係にあり、エンジン1回転ではΘ=360°=2πr/r=2πラジアン、エンジン2回転ではΘ=720°=4πr/r=4πラジアン。
31)BSFC☛Brake Specific Fuel Consumptionの意味
32)トコトンやさしい「電気自動車の本」廣田幸嗣@日刊工業新聞社;p36☛1kWh=1kJ/sec×3600sec=3600kJと言われてもピンと来ないよね。身近で言えば、1cal=4.2Jなので1kWh=860kcal、このカロリーは「かつ丼一杯分」に相当すると言われている。