「さて今日はガソリン燃焼室では一体どんなことが起きているのか、考えていこう!そしてその時エンジンがする4つの仕事について順に説明していくことにするね。明日説明する熱効率に大いに関係する専門用語になる。まず純くんはガソリン混合気に火がつくとシリンダー内ではどんな現象が起きていると思う?」
「そりゃ、火がついて燃焼が始めれば、シリンダー内は一瞬にして高温になるよね。」
「それから?」
「ウーン?燃焼で高温になると・・・?」
「燃焼室内は高圧になる。何故、高圧になるのかな?」
「ガスが燃焼で膨張しても、燃焼室の体積は瞬間的にはあまり変わらないから?」
「その通りだね。そこのところをもう少し詳しく話をするよ。古くは気体分子運動論⁶⁾いう考えがある。これによれば、気体分子の熱量=気体分子の運動エネルギーということだ。つまり熱量が高いということはその構成分子が勢いよく動き回っているということだ。混合気が着火して燃焼すると、燃焼ガスによる高熱量がガスの全運動エネルギーになる。すると、ものすごい勢いでガス分子は動き回り、ピストン頭部に勢いよく衝突する。この時生じるピストンを押し下げようとする力、これが燃焼圧力の正体というわけだ。高温の燃焼ガス分子☛高運動エネルギー☛高ピストン力と変換されていくわけだね。燃焼による発生熱量でシリンダー内温度は2,000℃⁷⁾以上にも達する。
出典➡MotorFan illustrated vol.92「点火と燃焼」@三栄書房;p59 より加筆
そこで、その燃焼圧力がシリンダー内でどう変化するのか、図1-6に示した事例を持ってきた。専門的な図なので、縦軸と横軸だけを説明するよ。エンジンが2回転する時にシリンダー圧がどう変化しているのかを示したもので、圧力の単位はMPa⁸⁾を使っている。熱発生率はクランク角度当たりの発生熱量(J/角度)を表している。熱量はJ(ジュール)という単位⁹⁾であるから、熱発生率はクランク角度当たりの仕事量になる。横軸で吸気工程は-360~-180°、圧縮工程は-180~0°、膨張行程は0~180°、そして排気工程は180~360°だね。TDC¹⁰⁾は上死点、BDCは下死点¹¹⁾を表している。
図1-6の吸気行程において、まず吸気弁直前で噴射されたガソリン燃料により瞬時に混合気が作られる。そしてエンジンピストンの下降によるシリンダー負圧(図示では0以上になっているが)で、その混合気は吸気バルブから高速度で渦を作りながら吸い込まれる(吸気工程)。次にピストンが下死点から上昇すると、吸気バルブが閉じられ混合気は圧縮されていく。それに伴い、混合気温度は上昇する(圧縮工程)。
上死点に近づいたところで、点火プラグの火花が飛んで混合気が着火される。この時、着火された混合気の火炎核¹²⁾(第3話でも話した。図1-6の下にある燃焼写真の左から2枚目;左側に青い点が見える)により燃焼が一気に拡がる(燃焼行程)。この時混合気の渦(乱れ;図1-5の右図の写真)に火炎が乗って、全体に燃え拡がっていく。第4話でも説明したように、サーファーが波の上をボードに乗って進む感じかな?真ん中の写真に黄線で示したのが火炎伝播を表したもので、写真左側から右側へ2msec、クランク角で約10degという短い間隔で伝播していく。その時の高温の燃焼ガスにより筒内に発生した熱エネルギーは少し遅れて高圧力になり、図示の燃焼時圧力になる。この圧力でエンジンのピストンを一気に下死点まで下降させて、クランク軸を回す回転力(エンジントルク)となる(膨張行程)。
下死点前で排気弁が開いて、ピストンの上昇で燃焼ガスを排出する(排気工程)。というのがシリンダー内の現象なんだ。ここまでわかるかな?」
「なるほどね。この燃焼の連続写真は面白いね。」
「でもここからは燃焼圧力がTDCで一気に上昇したとして簡単化して、図1-7にように考えていこう。この図はP-V線図¹³⁾と呼ばれているもので、横軸シリンダー容積と縦軸シリンダー圧力を表している。これから熱効率、燃費などを理解するには重要な線図となるからよく理解しておいてね。ところで、仕事(Nm)=力(N)×距離(m)だよね。では、積=圧力P(MPa)×容積V(cm³)は何を表しているか、分かる?」
「圧力と容積を掛けると何かな?」
出典➡MotorFan illustrated vol.77「圧縮比」@三栄書房;p40 より加筆
「単位の次元を計算すると分かるけれど、P×Vの単位はNmになるから仕事を表している。まず、図1-7において各時点(点A~点E)でのシリンダー圧力Pとその時のシリンダー容積Vの積を総和(Σシグマ)するにより、ピストンが2往復して仕事するエンジンピストンの総仕事量を求めることができる¹⁴⁾。」
「図1-3でピストンがクランク軸に回転力を伝えるのは正の仕事、エンジンが吸気したり排気したり圧縮したりするのは、エンジンの中の仕事で外に動力として使われないから負の仕事と考える。図1-2において、点E☛A☛Bで囲まれた面積は負の仕事(図示でー)になり、点B☛C☛D☛Eで囲まれた面積は正の仕事(図示で✙)になる。点E☛Aは燃焼ガスを排出する仕事、点A☛Bは混合気を吸入する仕事で、これまた負の仕事。」
「吸気仕事は注射器の先を指で押さえると吸入する時に力がいる、あれだね?」
「その通り。そこで、このエンジンサイクルで行われている仕事を4つの呼び方で取り扱う。先ずエンジンが実際行う正味仕事We、次に図1-7でB-C-D-Eだけのプラス仕事だけで考える理論仕事Wth、そして図1-7のサイクルで損失してしまう損失仕事WLとクランク時に伝達する時に機械摩擦で失う機械摩擦仕事Wf(これは図1-3では現れない)と表す。すると、これら4つの仕事の関係は次のように表される:
正味仕事We=理論仕事Wthー(損失仕事WL+機械摩擦仕事Wf)
また図1-3のサイクルだけでする仕事を図示仕事Wi¹⁵⁾とすると、
図示仕事Wi=理論仕事Wthー損失仕事WL
この中で理論仕事、図示仕事、正味仕事の熱効率を、それぞれ理論熱効率ηth、図示熱効率ηi、正味熱効率ηeと呼ぶ。この3つの効率は後で詳しく説明するよ。」
「これで5つの仕事が現れたね。理論仕事、図示仕事、正味仕事、そして損失仕事、機械摩擦仕事。ちょっと頭の中が混乱してきたなぁ。」
「この後、簡単な数式が飛び交かうから、ゆっくり説明していくね。この熱効率の考え方は、1)ディーゼルエンジンが何故ガソリンエンジンよりも燃費がいいのか、2)ガソリン正味熱効率はどこまで上げられるのか、などを理解するためには必要な熱力学の知識なんだ。さらには、純くんも知っている、3)ガソリンのダウンサイジングターボエンジンが何故行き詰っているのか、4)超希薄燃焼は何故燃費がいいのか、などを理解するためにはどうしても通らなければならない関所みたいな知識となる。10の疑問点もこの熱力学の知識でいくつかはある程度説明できるんだ。」
P-V線図のところで小難しい顔をしていたが、理由を話すと10の疑問点のいくつかが理解できるとあって、やる気が出て来たようだ。@2018.12.5記、2019.7.18、2019.11.25、2019.12.9修正
《参考文献および専門用語の解説》
6)気体分子運動論☛原子論の立場から気体を構成する分子の運動を論じて、その気体の巨視的性質などを探求する理論。詳しくは「わかりやすい高校物理の部屋;気体分子運動論」を読むと概略が理解できる。
7)Kは絶対温度(K)=273.15+セルシウス温度(℃)。2000℃は約2,300K。
8)1MPa≒10.2㎏f/㎝²≒10気圧だよね。
9)水1grを1℃上げるのに必要な熱量は1cal。1J=1NmでジュールJとカロリーcalの関係は、1cal=4.186J。
10)TDC☛Top Dead Centerの略(上死点)
11)BDC☛Bottom Dead Centerの略(下死点)
12)火炎核☛火花の周りに出来た小さな火炎。燃焼を継続できるまでに成長すると、やがて燃焼室全体に火炎が伝播する@燃焼の理論入門:埼玉工大小西(克)教授
13)P-V線図☛指圧線図とも呼ばれ、シリンダー内圧を実測しながらエンジン稼働中のP-V線図を得て図示燃費を測定する。
14)エンジンの総仕事量=Σ{シリンダー圧力P×シリンダー容積V}
=Σ吸気(点Ⓐ☛点Ⓑ)の仕事+Σ圧縮(点Ⓑ☛点Ⓒ)の仕事+Σ膨張(点Ⓒ☛点Ⓓ☛点Ⓔ)の仕事+Σ排気(点Ⓔ☛点Ⓐ)の仕事。ここで、Σはシグマと呼んで総和を表している。
15)図示仕事☛実際のP-V線図から得られる仕事であるのに対して、正味仕事はピストン、クランク軸、吸排気バルブなどの機械摩擦仕事を加えた仕事である。