CO2を下げるにはEVに賭けるしかないのだろうか?
さて、第2章では主要地域のCO2削減に対するポテンシャルみたいなものを算出して意見を述べてきた。パリ協定のCO2を30%削減するという約定目標を達成するには、残念ながらEVの力を借りなければ非常に難しい。2030年には欧州では20%、米国では全50州にてZEV規制を施行して23%、そして日本でも10%のEV化率を達成しなければ、CO2を30%削減するという目標は不可能であるという計算結果になった。最大自動車市場の中国に至っては、大気汚染とEV化、世界最大人口という混沌とした要因の中でCO2削減に取り組まなければならない。中国の場合、他の諸国とは少々戸惑う点が多いのも事実である。しかし、自動車の最大市場であり、現在EV世界シェアが40%、国内EVシェア5%という国である。当然この国の今後の動向は重要である。
クルマのCO2を削減していこうとする中で、EVは今のところ最も有効な手段であると思われているが、本当にこのEV化に賭けるしかないのだろうか?現在EVの実力はどの程度まで進化しているのであろうか?EV三悪と言われる価格・距離・充電時間の問題はどの程度解決しているのであろうか?その解決のためのKey ComponentであるLiBの実力は?ポストLiBの可能性は?などといった点まで掘り下げて話を進めて行きたい。@2021.2.28修正
《参考文献および専門用語の解説》
1)LiB☛Litium ion Battery の略。高エネルギー密度、高電圧作動、長寿命などの観点から、電気自動車(EV)用バッテリーやスマホ向けバッテリー、家庭用蓄電池などに採用。
100年前、EVはガソリン車に負けた!
さて、少々クルマの歴史に触れてみよう。意外かもしれないが、歴史的にはEVが先行して後からガソリン車が追いかける形を取った。構造的には簡単なせいか、1899年には100㎞/hのスポーツカーを当時のベイカー社@米国が発売している。1900年のパリ万博には、インホイールモータ車(時速50㎞、走行距離50㎞)を出展している。
だが、図1に示したように時代は大きく動く。1908年に世界を席巻した「T型フォード」の出現で事態は一変してしまった。一般大衆車としてのクルマでは、ガソリン車はEVに対して、価格、速度、乗車人数で明らかに大きく優位に立った。そして、それ以降はEVは決して注目されることはなかった。20世紀では一部のプレミアムカー、中国の安価EVを除いて、その評価は変わっていない。21世紀に入ってEVはCO2を大きく低減する手段として注目され、やっと一般大衆車としてのEV化の道を歩み始めたばかりである。
出典☛「電気自動車が一番わかる」石川憲二@技術評論社 より加筆
世界のどの地域においても一般大衆車向けとして、ガソリン車がEVに対して圧倒的に優位に立ってきたことは、100年を経た今でも変わらない。ただし、ここに来て地球温暖化論争、CO2削減ということに対しては、ガソリン車は苦境な立場に追い込まれている。第2章の冒頭でWell-to-Wheel効率ηTについて触れた。EVとエンジン車を効率、CO2低減という観点だけで比較したのが、図2に示した結果である。効率ηTだけで比較すれば、エンジン車に比べてEVの効率の方が明かに2~3倍高いクルマと言える。
効率、CO2低減だけで議論するならば、EVの残された課題は発電時のCO2を下げることであり、エンジン車の方はエンジン効率を上げることになる。
出典☛「電気自動車が一番わかる」石川憲二@技術評論社 より加筆
正味熱効率を向上させた技術をHVに世界展開!
第2章の冒頭でTank-to-Wheelの世界でCO2を下げるには、正味熱効率ηeをできるだけ上げることが非常に大きな意味を持つことは既に述べてきた。そのため。世界のエンジン技術者は正味熱効率を如何にして向上するかに努力してきた。図3には最近の正味熱効率向上の経緯を示した。1990年頃では最大熱効率が30%であったのが、2016年になると最大熱効率が40%にまで向上してきている。さらに、エンジン技術者、エンジン研究者はさらに上を目指している。前編の第5話でも触れたが、エンジン理論熱効率ηthは究極の超希薄燃焼である空気サイクルの理論熱効率ηthを当然超えることはできない。圧縮比14の場合、空気サイクルηthは0.60が限界となる。燃料空気サイクルではηthは0.50程度が限界となり、損失仕事をゼロに近くしても正味熱効率は50%程度が限界なのである。したがって、国家プロジェクトであるSIPエンジンでの研究で51.5%が得られたのは立派というほかない。研究を続けておられる研究者の方々には敬意を表する。
それでもSIPエンジンではたった1点での評価結果である。正味熱効率効率30➡50%になれば、トータルの効率ηTは35%になり、この時点でやっとEVレベルに追いつく。ただし、EVも課題である発電CO2を火力から再生エネルギーに変更することによって、発電効率40~50%に対して、90%程度に向上させることが予想される。効率、CO2削減ということに関して言えば、エンジン車はEVに追いついても、また大きく離されていくようである。
さらに、SIPエンジンは可能性を示しただけで、実用化エンジンを開発したわけではない。コストを考慮して広範囲の効率を50%近くまで向上させるのは、未だ難しい。マツダ社がコストをかけて過給ディーゼルエンジンと思われるような、ガソリンNAエンジンを開発したが、熱効率は43%程度と言われている。
エンジンの素人が言うのもおこがましいが、これ以上お金をかけて、エンジン効率向上に執着するのは無意味ではないかと思うのだが?日本の場合、消費者はHVと軽自動車があれば、さほど燃費向上を望んでいない。熱効率向上はエンジン技術者がいつしかエンジン技術者の意地で行っている技術開発のような気がする。高効率エンジンの開発が無意味とは言っていない。EV三悪が徐々に解決されるまで、これまで培ってきた40%まで引き上げたエンジン熱効率向上技術を十分生かすHV技術の展開も忘れてはならない。さらにEV技術の進化と共に、HV技術にもさらに磨きをかけた方が日本としては賢明であると言っているのである。2020年~2030年頃まではEVは現行LiBで発展途上であるし、ガソリン車は熱効率が40%程度で止まっている。エンジンにこれ以上お金をかけても消費者メリット、CO2低減メリットは小さい。一時はHVは日本でガラパゴス化された自動車技術と言われてきたが、今では消費者に受け入れられて欧州、そして中国に大きく展開されつつある。2030-40年までにガソリン車撤廃の動きがある中、そしてEV三悪が大幅に改善されるまでの過渡期にHVが世界に展開されることは消費者にとっても地球温暖化減速にとっても非常に良いこと考えている。@2021.2.4記、2021.2.28修正
出典☛日経Automotive(2016年7月号)@日経BP社 より加筆
EV化によりクルマは安価な電化製品に❔
EVの長所は、前話で触れたWell-to-Wheelのトータル効率がいいという点が挙げられた。さらに図4に示したように、エンジン車はエンジンの複雑化の歴史であると電気関係者は言われる。ただし、これは1900年頃から100年以上もEVが世の中に受け入れられなかったというのが一番の原因である。クルマという移動体が消費者からのニーズ、社会環境の必要性から高性能化、排気対策、そして燃費低減、そのための電動化、さらにはCASE¹⁾対応と益々内容は複雑化しているのは事実であろう。
ところが、EV化したからと言ってクルマが単純な構造、安価な電荷製品になる考えるのは一部の電気屋が考えた妄想であると思う。確かに特殊化したエンジン部品は系列部品メーカー、もしくはTier1²⁾と呼ばれる大部品メーカーで開発・供給されていた。これがEV化されると電池とモーターが主要部品ということで汎用化された部品となり、安価なEVが出来上がると考えているのである。それを良しとしても、クルマはパワートレーンだけで動くものではない。トルク伝達部品、制動系・操舵系・懸架系・ボディ・タイヤ、そしてCASEのCAS部品など従来とほぼ同じ部品を必要としている。現在のガソリン車の安全性を加味すると、とても家電製品と同じ扱いは出来ない。したがって、図4のようなことは妄想と申し上げているのである。もしも、安全性・快適性・環境性を無視した、中国の一部で売られている小型EV(車両価格50万円前後)のことを言われているのであれば、それは一部正しいかもしれない。
出典☛「トコトンやさしい電気自動車の本」廣田幸嗣@日刊工業新聞社 より加筆
LiB容量を増やせば航続距離は伸びるが、車両価格は上がる!
では第1章第2話で示した最新EVを含めた、EV搭載のLiB容量(kWh)と航続距離、車両価格をまとめたものを図5に示した。プレミアムカーとしてTesla社モデルS、モデル3、欧州Cセグメント³⁾EV(中型)としてVW社ID.3、トヨタ社CH-R、日産リーフ、BMW社i3、そして中国から代表的なBAIC社、BYD社のEVを選択してみた。航続距離はWLTCモード、中国2社はNEDCモード⁴⁾のデータを示した。
LiB容量(kWh)と航続距離(㎞)の関係については、比較的綺麗な曲線上にプロットされている。Tesla社モデルSを除けば、ほぼ直線関係になる。当然ではあるが、LiB容量が多くなれば航続距離は伸びていく。中間的なEVとしてLiB容量50kWhを選択すれば、航続距離が400㎞となる。これが今のEVの実力と言えるだろう。
注)最新EVのネットデータを基に当技研が作成@2021.2.5
現実のEVは航続距離400㎞で価格400万円の高級車?
図5に示したEVについて、図6にLiB容量(kWh)と車両価格の関係を示した。分布は少々ばらついているが、プレミアムカー、標準Cセグメント車、そして中国EVの順に価格は下ってくる。図5と同じように、LiB量を多くすれば航続距離が伸びて、車両価格が上がる。要するに、EV価格はLiB容量に大きく左右されているということだ。中間的なEVとしてLiB容量50kWhを選択すれば、車両価格は400万円辺りとなる。つまり、2020年の段階ではEV化は決して安価な方向では未だないことがご理解いただけると思う。さらにこの後議論するが、標準的なLiB容量50kWhでは1回の充電で400㎞しか走れない。恐らく、実走行距離ではWLTCモードでの80%程度となり、300㎞走行するとEVは動かなくなる!安心して動かせるには最大でも250㎞程度となる。これが今のEVの実力であり、CセグメントのHVがガソリン容量80%程度で700-800㎞走行できてしまうのと比較すれば、顧客側には400万円もするEVを選ぶ理由が全く存在しないと言える。
ガソリン車からEVになれば、家電製品のように汎用部品が使えるため、安価なクルマが手に入る?というのは電気屋が考えた妄想と言っても過言ではないことがご理解いただけたと思う。@2021.2.6記
注)最新EVのネットデータを基に当技研が作成@2021.2.5
《参考文献および専門用語の解説》
1)CASE☛Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared&Service(シェアリング/サービス)、Electric(電動化)の頭文字をとった造語
2)Tier1☛OEMと直接取引をしている会社・またはその部品
3)Cセグメント☛主に欧州で利用されている乗用車の分類方法であるセグメントの1カテゴリーで、BセグメントとDセグメントの中間に位置付けられる。全長はセダンとステーションワゴンで4,350mmから4,600mm。
4)NEDCモードではWLTCモードよりも約10%程燃費が良くなる。
LiB価格は年々下がっては来たが、まだまだ高い!
2020年欧州新車販売台数のハイブリッド部門で第1位となったのは、カローラHV。価格は中間のグレードで€2万。WLTCモードで燃費は29㎞/Lでタンク容量は43Lであるから、満タンで1,247㎞走行できる計算となる。80%使用としても、1,000㎞は走行できる。そこで、VW社ID.3は€3万で1回の充電で330㎞、80%容量使用では260㎞しか走行できない。車両価格は1.5倍で航続距離は1/4という比較結果になる。一般消費者は何を基準にEVを購入するのだろうか?
結果的には前話で触れたように、現在のガソリン車、HVに対して、航続距離はあまりに短いし車両価格が高い!ということだ。図4に示した論理?からすれば、EVは汎用部品を多く使用して安価なクルマになるはずであった。一体何がその論理?を狂わせたのだろうか?それは明らかに図6で示したように、LiB容量が大きくなると車両価格が高くなっているということだ。つまり、リチウムイオン電池がEVの全体価格に押し上げているのだ。ではLiBはどのくらい高いのか?図7にLiBの1kWh当たりの価格の推移を示した。2010年初代日産リーフの販売が始めった頃のLiB価格は$800/kWhであった。当時の電池容量が24kWhであったからことからLiB価格は、
❏LiB総価格=800$/kWh✖24kWh✖90円/$=173万円
となってしまった。このLiB価格では小型乗用車が買えてしまうことになる。当時のリーフ車両価格はグレードGで406万円、Xならば376万円であったので、LiB価格が占める割合は何と43~46%と半分弱!になってしまったのだ。それで1回の充電による実走行距離は60㎞というレベル。EV開発に携わっている方にはこれまでかなり失礼な意見を述べてきたが、最近の実力である平均LiB容量50kWh、モード走行距離400㎞、車両価格400万円という数字は、10年前に比べれば、かなり技術的に進化したと言えるかもしれない。
2019年発売開始されたリーフe+では、LiB価格は$210/kWh¹⁾と言われており、
❏LiB総価格=210$/kWh✖62kWh✖105円/$=137万円
にも昇る。これは車両価格441万円に対して31%に相当する。容量当たりの価格は1/4になり、結果的に航続距離を伸ばすことができたのは事実だが、エンジン単体が20~30万円の時代にこの137万円という電池価格は高い!と消費者が考えるのが普通であろう。
出典☛日経Automotive(2016年12月号)@日経BP社;p55 より加筆
如何にLiB価格を大幅に下げながら、大きく性能を伸ばしていくか?
VW社のID.3も勿論例外ではない。LiB価格も日産リーフほどではないが、リーフより安い$150/kWhと言われている。図9にID.3のLiB設置事例を示した。EV専用のプラットフォームMEBをもとにフロア下一杯にLiBが敷き詰められている。高いはずである。日産リーフも例外ではない。これほどまでにLiBを敷き詰めないとEVはクルマとして成り立たないのが現実だ。EVが高価格になるのは、高価格のLiBを多量に必要とするからだということがお分かりいただけると思う。図8に示したように、ID.3の車両価格に対するLiB価格の占める割合は19%(45kWh)、20%(58kWh)、24%(77kWh)となっている:
❏LiB総価格=150$/kWh✖(45-77)kWh✖105円/$=71-121万円
ということで車両価格の20-25%もする。
今後EVを広めるには、如何に価格を大幅に下げながら性能を伸ばしていくか?に絞られてきた。図7に示すように、2020年前半には100$/kWh、そして50$/kWhの世界に早く入らないとEV展開の地図はかけない。いよいよ、EVは正念場に来たと思う。@2021.2.8記
出典☛日経Automotive(2020年1月号)@日経BP社;p56 より加筆
《参考文献および専門用語の解説》
1)日産リーフのLiBはエンビジョンAESCグループ(中国企業80%、日産20%の出資会社)が製造供給。
高コストになるLiBの構造とは?
高コストになるLiBの基本構造・作動を探ってみた。詳しくはこれに関連した書籍、ネット記事を参考にされたい。ここではLiBのコストに関係して重要と思われるポイントについて解説していく。図9に示したように、最新のLiBはリチウム酸化物からなる正極、黒鉛からなる負極、電解液、セパレーター、そして外部回路(放電・充電時のON/OFF)から構成される。
放電時には負極に貯めた自由電子e⁻が外部回路(スイッチがON)から、導線に流れてモータで仕事をし、正極の集電体に移動していく。一方、LiB内部では負極のLiがLi⁺となって正極に移動した電子に吸引され、電解液➡セパレーター➡電解液を通って正極側の集電体に向かって移動していく。この時、Li⁺は正極活物質内に侵入(インターカレーション)して、自由電子を取り込んでリチウム酸化物となる。
充電時には外部回路のスイッチONによりモータ(発電機)から流れてきた自由電子e⁻が負極の集電体に集められる。その結果、正極のリチウム酸化物成分であるLiから自由電子が外部回路を通じて負極側に移動していく。残ったLi⁺は負極の自由電子に引き寄せられ、電解液➡セパレーター➡電解液を通って負極側の集電体に移動する。その結果Liとして黒鉛内に貯蔵されていく。その時の基本の反応式を図9の下側に示した。
出典☛「リチウムイオン電池のインターカレーションとは」@電池の情報サイト より加筆
実際の電池では図10左側に示したように、実際には両極の物質からなるシートがこれまたシート状になったセパレーターを挟んで何層にも重ねられている。これらをアルミケースに収められているのが一般的である。図の写真例は、テスラーモデル3に搭載されているLiBでパナソニック製の2170型(直径21㎜✖高さ70㎜)セルである。これを4,416セルがバッテリーケースに搭載されている。実際には22個のダミーセルが含まれているため、(4,416-22)セル✖17.3Wh≒76kWhのLiB(公称75kWh)に仕上げている。図10右側に2170型の実物写真を示した。さらに、図11にはモデル3のフロア下に配置された電池パックを示した。短いモジュール2本、長いモジュール2本、計4本のモジュールで構成されている。4本のモジュールの中に図10の写真で示したLiBのセルが合計4,394本も搭載されて、モデル3は走行している。
出典☛「電気の基本としくみがよく分かる本」福田務@ナツメ社、「テスラーモデル3の気になるバッテリー構造と性能について」Emotion ブログ@2019.5.11 より加筆
出典☛「テスラーモデル3の気になるバッテリー構造と性能について」Emotion ブログ@2019.5.11 より加筆
LiBはEVの2次電池として最適だが、コスト高!
EVにLiBが使われる理由は、言うまでもなく、2次電池として最も性能が高いからだ。1976年S.ウィティンガム(英)が金属リチウムを用いた2次電池を開発し、1980年にはJ.グッドイナッフ(米)が正極にLiCoO2を提案、1985年に吉野彰が負極に炭素材料を用いて、図10に示したLiBの基礎概念が確立¹⁾された。ちなみにご存じ事と思うが、彼らは2019年ノーベル化学賞を受賞している。
その後、基礎概念を基にLiBが発展を遂げ、図12に示すように電池性能であるエネルギー密度を大きく伸ばしてきた。体積エネルギー密度²⁾では鉛蓄電池に対して平均で9倍、ニッケル水素電池に対して4倍の高い性能を示してきた。公称電圧も鉛電池2V、ニッケル水素電池1.2Vに対して、3.6Vと高い。結果としてEV用のみならずHV用としてもLiBが使われるようになって来た。EVではフロア下に敷き詰められるほどLiBを使用しており、車両価格に対する割合も20~30%と大きくなってきた。EV価格の平均値400万円を下げるには、LiBの価格を下げることが最重要課題となってきたのだ。一体LiBのどこがコスト高にしているのか?次にその話を進めて行こう。@2021.2.12記
《参考文献および専門用語の解説》
1)「リチウムイオン電池」@Wikipedia
2)体積エネルギー密度☛単位体積当たりの電池の容量を意味し、この数値が大きいほど小型化に向く。1リットル当たり1ワット時の電力量をもつ場合、1Wh/Lと表される。一方、重量エネルギー密度は単位重量当たりの電池の容量を意味している。1キログラム当たり1ワット時の電力量をもつ場合、1Wh/kgと表される。この数値も小型化の指標となる。
2015年LiB製造コストの3~4割が材料費!
LiBのセルをフロア下に一杯敷き詰めなければ、EVはクルマとして成り立たない。それでも結果として、平均航続距離が400㎞、車両価格400万円となってしまっている。EVが性能も価格も一般消費者にとっては不満足なクルマにしている元凶は、LiBであることを述べてきた。
では、一体全体LiBをこんなコスト高にしている要因は何なのか?2018年の資料¹⁾ではあるが、図13にその内訳について、現状(2015年)と見通し(2020年、2025年)を示した。この資料では2015年では総コストが390$/kWhであった。見通しとしては2020年、2025年にかけて300$/kWh➡254$/kWhと下がると予想をしている。ここで、問題なのはその内訳の内容である。2015年の総コスト390$/kWhの内訳で両極活物質、セル部材という何と材料費が34%もある。その後、製造方法の合理化が進み、材料費が全体に占める比率は37%@2020年➡42%@2025年と大きくなる傾向を示している。つまり、材料費は数量ベースが増加してもなかなか下がらない。2015年➡2025年にかけて総コストは35%も低減しているのだが、セル原材料費は18%しか低減できていない。つまり、いくらセル製造コスト、パックコストを低減できても電池内部の材料費が下がらなければ、LiBのコストは下がっていかない。量産効果は期待できないということだ。2025年の原材料比が107.9$/kWhということは、セル製造コストを100$/kWhにするということは非常に難しいということだ²⁾。
出典☛「平成29年度鉱物資源開発の推進のための探査等事業」(株)三菱総合研究所
@2018.3.23 より加筆
その中で高コストの元凶は正極のNCM333とバインダー!
では材料費のコスト構成を見てみよう。図14は三元系であるLi-Ni/Mn/Co-O2のコスト構成(2016年データ)を円グラフで示した。材料コストに中で正極の45%が非常に高く、負極20%、セパレーター18%、電解液15%、その他2%となっている。正極45%の中で活物質であるリチウム酸化物NCM333³⁾が14%、活物質の糊の役目を果たすバインダーであるポリフッ化ビニリデン⁴⁾(PVDF)は16%ということで、活物質、バインダーで正極材コストの2/3を占めている。この辺りから、安価な材料にしていかないと量産効果なのは全く望めない。@2021.2.15記
出典☛「平成29年度鉱物資源開発の推進のための探査等事業」(株)三菱総合研究所
@2018.3.23 より加筆
《参考文献および専門用語の解説》
1)「平成29年度鉱物資源開発の推進のための探査等事業」(株)三菱総合研究所@2018.3.23
2)図8では2015年250$/kWh、2020年100$/kWhとなっているが、図14の総コストからパックコストを除くと2015年255$/kWh、2020年204$/kWhとなっている。ただし、2020年は倍もズレているが、日産リーフe+の210$/kWhを考慮すると204$/kWhに予想値は実態に近い。
3)NCM333☛リチウム酸化物Li-Ni/Mn/Co-O2において、Ni、Mn、Coの量が同じく1/3と同じ配合のNCMのこと。最近では表示が入れ替わっているがNMC532➡NMC622➡NMC811とハイNi化が進んでいくと予想されている。
4)ポリフッ化ビニリデン☛PolyVinylidene DiFluoride(PVDF)は高耐性、高純度な熱可塑性フッ素重合体のひとつである。PVDFは高価であり、一般的に高純度、高強度や耐薬品性、耐熱性が要求される用途に用いられる。特に、PVDFは強誘電性のポリマーであり、圧電性や焦電性を示す。@Wikipedia
元々Liは塩水として南米、鉱物として豪州から生産!
さて、LiBの中で正極活物質に使われるリチウム酸化物とバインダーに用いられるPVDFが高価な材料であることが分かった。PVDFはエンジニアリング・プラスティック(エンプラ)の一種で最近では電子材料、電池材料になどに用いられる高価なポリマーである。これについては材料費というよりも生産数量増加による製造方法の合理化で価格を下げる努力をして頂きたい。ここでは、第1に要因であるリチウム酸化物についてもう少し言及していきたい。
図15に示したように、リチウムは生産量としてはオーストラリアが第1位でチリ、アルゼンチン、そして中国と続く。元々の埋蔵量は第1位のチリに続いて中国、アルゼンチン、オーストラリアとなっている。
出典☛「平成29年度鉱物資源開発の推進のための探査等事業」(株)三菱総合研究所
@2018.3.23 より加筆
図16に示したように、リチウムは金属類の中でも最も比重が軽い金属であり、反応性が非常に高い。地球上では海水に含まれるリチウムの総量は非常に多く2,300億トンと推定。ただし、非常に濃度が薄く、約0.14 - 0.24ppm程度。一方、地殻中のリチウム濃度は重量濃度であり、約20 - 70ppmにわたると見積もられている。地殻中の火成岩を構成する元素であり、中でも花崗岩で最大の濃度となる。したがって、地球上ではリチウムは塩水または鉱物中に存在している。
出典☛「リチウム」@Wikipedia より加筆
LiB原材料のコストは中国に握られている?
図17にリチウムのトレードフローと言われる物の流れを示した。主に塩水中に含まれるれリチウムは南米を中心に産出され、鉱物中のリチウムはオーストラリアで採掘されている。ただし、リチウムは単体としては抽出は難しく、化合物炭酸Li、水酸化Liとしてトレードフローの中を動く。炭酸Liはチリ、中国から、水酸化Liは中国、アルゼンチンから共に日本、韓国などに輸出されている。ここで、重要なことは中国は主要な埋蔵国であり、産出国でもあるということだ。さらに中国はリチウム化合物である炭酸Li、水酸化Liを2016年時点で世界の30%も輸出している国なのである。LiBはコスト構成の中で材料が占める割合が2025年では40%強も占めると予測されている。LiBの量産効果が期待できるコストが60%、材料費が40%となると、俄然中国がLiB価格を下げられるポテンシャルが高い国として、非常に有利になるのは目に見えている。@2021.2.16記、2021.3.2修正
出典☛「平成29年度鉱物資源開発の推進のための探査等事業」(株)三菱総合研究所
@2018.3.23 より加筆
《参考文献および専門用語の解説》
1)「平成29年度鉱物資源開発の推進のための探査等事業」(株)三菱総合研究所@2018.3.23
2020年EV電池の世界シェアNO.1はCATL社!
さて、LiBの価格を下げられるポテンシャルが最も高い国が中国であるということはお分かり頂けたであろうか?早速であるが、図18に2020年EV用電池の世界シェアを円グラフで示してある¹⁾。第1位はCATL社(中国)、第2位LG化学(韓国)、第3位パナソニック(日本)、第4位BYD社(中国)、第5位SDI社(韓国)、第6位SKイノベーション(韓国)の順となっている。第1位CATL~第3位パナソニックで70%弱もEV用電池市場を占めており、全体の92%は日中韓のアジア勢に独占された形となっている。韓国勢が善戦しており、現状では中国・韓国勢が拮抗した形となっている。パナソニックはいくらEV販売台数第1位のTesla社の供給元であっても勝負にはならないようだ。今後はEVの中国市場の拡大と共にLiBの原材料を管理下に置く中国勢の電池メーカーが伸びていくものと予想される。話がそれるが、電池を制する者はEVを制すると言われているのに対して、欧州勢としてはEVを展開することがアジア勢の電池メーカーに利益をもたらしている。欧州勢のメーカーとしては、欧州の部品メーカーの利益がほとんどないことに非常に危惧しているようだ。ここから、ドイツ系電池メーカーによる供給網強化の話も出始めている。
出典☛「中国CATLの知られざる正体」週刊エコノミストOnline@2021.2.6 より加筆
CATL社に群がる世界の自動車メーカー!
いずれにしても電池供給はアジア勢からがほとんどであり、その中にあってCATL社²⁾がその中心にいる。元々は2005年に日本のTDK³⁾が携帯電話向けとして香港のリチウムイオン電池会社であるアンプレックス・テクノロジー(Amperex Technology☛ATL)を買収した。その後、2011年にATLの自動車用電池部門を別会社化してしまったのが、今のCATLという訳だ。現在では正極に三元系リチウム酸化物、負極にグラファイトを用いるという標準的な構成ではあるが、当時のCATLのLiBはTDKが開発したリチウムポリマー電池⁴⁾を基本としていた。CATLが日本発祥の技術をベースにしたスタートアップ企業と考えると中国政府と比較すると日本政府官僚の見通しの甘さに何かしら、恨めしい気もする。
中国国内で出荷実績があったLIBメーカー数⁵⁾は2016年の約150社だったのが、2020年1~6月には59社にまで減少した。背景にあるのは、中国政府が電池メーカーに対して、量を重視する政策から質を重視する政策へと転換したことだ。2018年以降、NEVの販売支援を目的とした補助金額は、段階的に減額されるとともに、補助金支給の技術条件も厳格化されている。航続距離の長い電池を搭載すれば、より多額なNEV補助金を獲得できるため、NEVメーカーの電池調達先は大手電池メーカーに集中し始めている。その結果として中国政府の補助金で大きく成長を遂げつつあるのが、現在のCATL社と言われている。コロナ禍の影響でNEV補助金は継続されているが、これがなくなれば中国国内市場では外資系企業と向き合わざるを得ない。いざ、勝負の時が今来ていると言ってもいいが、今は全く持って動じていない。
CATLの生産能力は、何と2023年336GWh!
2020年6月末時点でCATLの従業員は2.5万人を超えている。研究人員は国内外からスカウトして何と電池関係だけで約5,400人と従業員の2割を超えた¹⁾。NEV補助金の廃止有無にかかわらず、CATL社は2021年2月国内3カ所の工場で新設・増設すると発表⁶⁾があった。2020年にも最大1兆円規模の増資投資の計画を発表済みである。図19にはCATL社の生産能力と実績の推移を示した。2023年に生産能力を336GWhまで引き上げる計画だ。中国政府が「2025年までに自動車強国に躍進⁷⁾」させようとしている意図が手に取るように分かる気がする。ただ、生産実績よりも過大な先行設備投資額がどうしても目に付いてしまう。日欧米の資本主義諸国ではこれほどまでの投資は期待できない。少なくとも中国国内販売のEVでは世界の自動車メーカーは、中国政府とCATL社の動きに便乗しようとしているのは明らかだ。図20に示したように、EVにおける最重要部品である電池の差別化はLiBに関しては諦め、CATL1社集中を選択しているように思える。
出典☛日経Automotive(2019年8月号)@日経BP社;p53 より加筆
出典☛日経Automotive(2019年8月号)@日経BP社;p53 より加筆
CATL社のLiB価格は100$/kWh@2020年、50$/kWh@2025年!
繰り返し説明しているように、EVの三悪と言われているのは、価格・距離・充電の3点である。そのカギを握っているのは電池で、今はCATL社がLiB価格をどこまで下げ、LiB性能をどこまで伸ばそうとしているかに掛かっていると言わざるを得ない。
その中でさすがのCATL社も今回のコロナ禍で苦労しているようだ。2019年に開始されたNEV規制で中国のLiB出荷量は71GWhであったが、2020年1-6月は21.3GWhに留まっている。一方、気になるLiB価格の方は2017年210$/kWhであったのが、2020年には100$/kWhにまで下げてきているようだ⁵⁾。図13で触れた三菱総合研究所の2020年予想値300$/kWhをはるかに下回る100$/kWhで既に取引されているようだ。いつの間にか日本はLiB製造技術だけでなく、価格情報の世界でも取り残されてしまったようだ。
2019年末、Tesla社とCATL社が電池供給について合意した。CATL社が提示したリン酸鉄LiB⁷⁾の電池供給価格は格安の100ドル/kWhであったが、さらにTesla社から20%値引き要請された。CATL社は値引きは応じないとの姿勢は示したが、2020年7月から2年間の供給には応じると発表。価格情報はその後も不明のままだ。
CATL社としては今後大幅な数量増が見込まれるため、コロナ禍さえ乗り越えれば当初考えていたように2025年には無理だと思われていた50$/kWhの水準が視野に入りそうだとしている。そうなると、EV価格にも大きく影響して来る。例えば、ID.3の45kWhの場合、LiBパック価格は71万円であったのが、47万円下がって1/3の24万円となる。したがって、車両価格も381万円から334万円となる。当面ポストLiBの話などは吹っ飛んでしまうような、CATL社の勢いである。今後のCATL社の価格動向、そして世界の自動車メーカーのEV価格に注目していきたい。
一方、性能についてはCATL社は図21に示したロードマップを発表している。最近の傾向として、正極、負極とも高密度化・高容量化の方向で材料開発が進んでいる。正極側ではハイNi化を進めることでエネルギー密度高められている。これは高価なコバルト量も減らせられる方向でもある。一方、負極側では黒鉛にシリコン(Si)または酸化シリコン(SiOx)を混合・複合化する取り組みで、やはり高エネルギー密度化に取り組んでいるようだ。さらにこれらに、セルの作動電圧の上限を引き上げる高電圧化も必要に応じて組み合わせ、EV用LIBのさらなる高エネルギー密度化を狙う動きが活発になっている。例えば、NMC811/黒鉛+SiのLiBでは、従来のNMC111/黒鉛に比較して、エネルギー密度が約2倍に向上するとしている。これらの動きは単にCATLだけでなく、日韓をはじめとする世界の電池メーカーが取り組んでいる内容でもある。ここに来て、LiB価格は210$/kWh➡50$/kWhと1/4に、LiB性能であるエネルギー密度は2倍という値は見えてきた。2030年に向けてこれからがEV用電池開発の勝負所だ。@2021.2.19記、2021.3.2修正
出典☛日経Automotive(2019年8月号)@日経BP社;p54 より加筆
《参考文献および専門用語の解説》
1)「中国CATLの知られざる正体」週刊エコノミストOnline@2021.2.6
2)CATL☛Contemporary Amperex Technologyの略。中国名は寧徳時代新能源科技股(ねいとくじだいしんのうげんかぎこ)は中国にある世界最大手の電気自動車用の電池メーカー
3)TDK☛東京電気化学工業株式会社の略。1935年設立の半導体等の電子素材部品の製造と販売。
4)リチウムポリマー電池☛電解質にポリエチレンオキシドやポリフッ化ビニリデンからなるポリマーに電解液を含ませてゲル化したものであり、本質的にはリチウムイオン二次電池と変わりはない。@Wikipedia
5)「中国巨大電池メーカーが今「世界進出」を急ぐ訳」東洋経済Online@2020.8.3
6)「中国CATL。車載電池を増産 4700億円投資」日本経済新聞@2021.2.3
7)例えば「中国が自動車産業の中長期計画、自動車大国から「強国」へ」日経XTECH@2017.5.12
8)リン酸鉄リチウムイオン電池☛近年、アメリカや中国で採用が増えている。電圧は3.2Vとやや低いが、レアメタルを使用しないため材料原価低減が可能。電気伝導性が低いことが課題とされていたが、活物質の微細化と表面の炭素コートの採用により改良。
EVの三悪と言われている価格、航続距離、充電時間に大きく影響しているのが主要電池であるLiBということである。価格についてはCATLは50$/kWhの水準が視野に入ってきそうだと話した。では性能の方はどうであろうか?これは航続距離、充電時間に大きく影響して来る。CATLのロードマップの中で基本路線は、正極はハイNi化、負極は黒鉛とシリコンSi、酸化シリコンSiOxの複合化であることを述べた。そして、これはどの世界の電池メーカーも同じ路線であることを説明した。
図22には現在議論されているLiB進化への取り組み内容がまとめてある。図中のグラフに示してあるように、ハイNi化したNMC811はNMC111に比較して正極のエネルギー密度が1.2~1.3倍増加させている¹⁾。また、レアメタルであるコバルト量を下げられることから正極材のコストを下げられる。したがって生産されるLiBの正極材はハイNi化されたNMC811が今後多用されると言われている。
また、負極では黒鉛とSi・SiOxの混合複合化により高容量密度化を図ろうとしている。理論容量密度が黒鉛372mAh/gに比べてSiは4200mAh/gと11倍にも及ぶ。この複合材料を5%程度混ぜて導電助剤として負極材に適用すると、容量密度を1.1~1.3倍の400~500mAh/gまで増加させることが出来るという¹⁾。図中の写真例で分かるように、粒状の導電助剤では黒鉛粒子を結ぶことが難しいが、繊維状の導電助剤にすることで粒子が離れていても接点を確保しやすくなる。これにより、高密度化が出来るという訳だ。さらに、両極の高容量密度化により高電圧化を進められ、LiBの公称電圧3.6-3.7Vから4.2V程度まで上げることができる。ただし、高電圧化に伴い正極での酸化作用が強まり、電解液が正極と反応して分解しやすくなる。4.5V以上になると分解してガス化してしまうため(次に説明する図24参照)、現状では作動電圧の上限は安全性、サイクル寿命を考慮して4.1~4.2Vとしている。以上のような取り組みにより、現在のLiBは性能という面でも新たな進化の道を歩み始めている。
出典☛日経Automotive(2018年9月号)@日経BP社;p72 より加筆
ポストLiBは安全性、性能、そして価格で全固体電池か❔
一方、LiBの最大の懸念点の一つに安全性の問題がある。LiBそのものに機械的な衝撃が与えられると、発火・爆発に至ることがあるというのだ。結果的にEVの発火事故²⁾につながるという結果に至っている。コスト重視で安全性を軽視した設計をして、十分な安全評価テストをしなければ、LiBによる重大事故につながる可能性がある。元々LiBとはそういった危険性をはらんだ電池なのだ。したがって、LiBの電池パックはフロア下の頑丈な車体フレームに守られた形(図8、図11)で搭載されているのが現実の姿である。
では一体何が危険なのか?詳しくは図23にLiB熱暴走のメカニズムを示した。元々機械的衝撃により内部短絡すると、正極が分解して酸素を電解液に放出してしまう。この酸素により、電解液の酸化還元反応が生じて内部温度が上昇する。その結果、セパレーターが溶解して、両極が完全に接触、電池温度が急上昇して溶媒液が気化する。その気化成分に発火して爆発に至るというものだ。両極の化学反応は、高容量化を図ればさらにリスクは増す。そこで、中間に存在する有機電解液が発火しないものにすればいい。具体的には有機電解液を燃えない水系電解液³⁾にするか、電解液から図23に示した揮発成分がない固体電解質した全固体電池にするかである。
最近の研究では、全固体電池は有機電解液と比較するとLiイオン伝導率が2.5倍上昇。エネルギー密度も3倍程度増加する材料が発見されてきた(詳しくは次の3-9で説明)。また、EV用LiBとして安全性を飛躍的に向上できる全固体電池は、構造上両極の内部短絡にさほど気を使わなくてよく、低価格化が期待できる。固体電解質がセパレーターの役目をしているからだ。さらに、両極に固体電解質をプレスする形で量産性にも優れている。安全性を懸念して開発を始めた全固体電池は、性能向上・価格低減にも大きな効果があるということで、全てのEV用電池メーカー、電池研究所がその開発にしのぎを削っているのが現状だ。@2021.2.22記
出典☛「自動車用リチウムイオン電池」金村聖志@日刊工業新聞;P40 より加筆
《参考文献および専門用語の解説》
1)日経Automotive(2018年9月号)@日経BP社;p75
2)例えば、「中国・韓国製リチウムイオン電池に問題か、EVの出火相次ぐ」世界のニュース トトメス5世@2018.10.7、「世界で相次ぐEVリコール、電池は本当に火災事故の原因か」日経クロステック@2020.10.23
3)「東芝が燃えないLIBを開発、弱点を克服で電解液を水系に」日経クロステック@2021.1.20
電解液を無機系固体電解質にしたLiBが全固体電池!
全固体電池が一半の表舞台に大きく出始めたのは2016年頃と思われる。トヨタ社と東工大菅野教授との共同で全固体電池を試作。そのエネルギー密度が電解液を有する現行LiBの2倍以上になることが確認された。環境条件‐30~+100℃、200~1000サイクルの動作テストで電池容量低下はなく、この結果から考えれば、-30℃の寒冷地でもEVを走らせることが可能となる¹⁾。
図24に全固体電池の概要を示した。図から分かるように、あくまで全固体電池は電解質を無機質の固体に換えたリチウムイオン電池である。これまでのLiBでは両極材を高容量化しても、肝心のLi⁺の電解液内の移動速度が遅く、高容量化の効果を発揮することが出来なかった。ところが、2016年菅野教授らが固体電解質に無機系の硫化物系結晶(Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3²⁾☛難しいことを考えずに、Li、Si、P、S、Clの結晶体で数値が成分比を表すと考えればいい)を適用したところ、現行LiBのイオン電導率³⁾を2.5倍にも伸ばすことができた。これは現状のLiBでは約30分以上とされる急速充電時間を1/3以下にすることが出来る可能性を示した。同時に、航続距離も現在の400㎞から800㎞に伸ばすことも可能になると考えられる。これで価格さえ50$/kWh以下に抑えることが出来れば、と考えたのだ。
全固体電池により体積エネルギー密度を上げることが出来るのは、固体電解質が高い難燃性と耐熱性を持っていることによる。有機電解液では80℃以上で正極から分解された酸素で電解液を気化させ、これにより発火に繫がる(図23)ことは前話で説明した。固体電解質では200℃でも燃えない難燃性と80~150℃の高温でも耐えられる耐熱性を備える。その結果、従来LiBの電池パックに不可欠だった排気や冷却のための空間・システムを省略できることになる。さらに、従来LiBでは安全性確保のため、高電圧化を4.1~4.2Vに留められていたが、固体電解質の難燃性により4.5V程度まで引き上げることも可能となる。
以上のことから、全固体電池によりEVの三悪である航続距離、充電時間についてはかなり進化させることができそうだ。そのため、現在ではトヨタ社だけでなく、世界のどの電池メーカーでも全固体電池の開発に力を注力し始めている。
出典☛「全固体電池」高田和典@日刊工業新聞社;P15 より加筆
かつての全固体電池はセルの内部抵抗が大き過ぎるため、出力密度(kW/L)もエネルギー密度(Wh/L)も現行LiBと比較して非常に低く、全く使い物にならなかった。その高い内部抵抗の考えられる要因を図25に示した:
1)正極内の活物質と固体電解質との界面に抵抗層が発生
2)厚い固体電解質
3)両極内の活物質の凝集
4)両極内、電解質内に空隙が発生
以上の阻害要因に対して、図26に示した対策内容を施した結果、前述した電池性能が得られるようになった。
出典☛日経Automotive(2018年9月号)@日経BP社;p67 より加筆
出典☛日経Automotive(2018年9月号)@日経BP社;p72 より加筆
2030年目標はLiB性能の2倍という全固体電池はポストLiBか?
全固体電池の実用化に向けた取り組みの代表内容例を図27に示した。2030年頃までには、体積エネルギー密度で現状LiBの平均的実力である400Wh/Lから2倍の800Wh/Lまで伸ばすことを目標としていると言われている。その中でトヨタ社は先ずは2025年までに第1世代として性能は同レベルの全固体電池を実用化、そして次に第2世代として目標である2倍性能の全固体電池を2030年頃までに生産開始する予定と言われている。そのためには、
1)両極材☛LiB進化の進め方と同じ
2)固体電解質☛薄膜化
を実施することが求められているようだ。ただし、両極材については現行LiBも進化していくので、固体電荷質だけでどれだけの性能の優位性を持つことが出来るのかがポイントとなる。また現状LiBと比較して航続距離、充電時間については進化できそうであるが、先ほども触れたが、価格についてはCATL社が達成しそうな50$/kWhを下回ることが出来るのか、未だ定かではない。やはり各社とも価格、航続距離、充電時間の見極めが重要となってくる。@2021.2.24記、2021.3.2修正
出典☛日経Automotive(2018年9月号)@日経BP社;p72 より加筆
《参考文献および専門用語の解説》
1)日経Automotive(2017年2月号)@日経BP社;p48
2)固体電解質Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3☛2011年Li10GeP2S12(LGPS系)でスタートしたが、高価なGeを外した結果、コストは1/3となった。さらに、Clは不安定で組成制御が難しく、またSは大気と反応して毒性のある硫化水素を発生させる要因となる。したがって、生産性を考慮してClの代わりに、Sと反応して大気安定性に優れるSnに入れ替えて、リチウム・シリコン・リン・すず・硫黄系結晶質(LiaSibPcSndSe)の組成成分a~eの比率を隈なく探求している。@日経Automotive(2017年10月号)@日経BP社;p30
3)イオン電導率☛単位:s(ジーメンス)/㎝。ジーメンスは電導度の単位で抵抗Ωの逆数。イオン伝導率とは電解質中でのイオンの流れ易さの指標。イオン伝導率を1.0✖10⁻²➡2.5✖10⁻²s/㎝に伸ばすことができた。
2030年までの主役は現行LiBでNMC811!
LiBの進化について、1)正極のハイNi化、2)負極のSi/SiOxとの複合化が進んでいくと思われる。また、ポストLiBの一候補として、上記2つの進化に加えて電解液を固体電荷質にした全固体電池の開発が2030年頃生産開始を目指して進められていることも触れた。ところで、クルマのCO2低減をEVに賭けるとしたら、最終的には現行LiBに賭けることになるのか?、それとも全固体電池に賭けることになるのか?、別のポストLiBに賭けることになるのか?、一体どちらなんだろうか?ここでは結論が出ないが、その点について触れておくことにしよう。
図28には電池に関して新技術を積極的に展開していこうと考えている自動車メーカーの電池採用予想比率を示している¹⁾。どんなに積極的に新技術を取りれて行こうとしても、2021年時点では当面ハイNi化正極材であるNMC622が50%、NMC811が50%と予想されている。なお、全固体電池に至ってはトヨタ社が2025年頃に第1世代として実用化できればいい方で、2030年頃に先行投資というのが大方の予想である。どう考えてもリスクを冒して展開していくメリットが今のところ見つからないという全固体電池の現状と思われる。一方、CATLは全固体電池の実用化は2030年以降になるとの考えを持つ²⁾。こちらは前倒しの投資が半端な額ではないので、それを回収するには優に10年以上はかかるという事情も影響していると思われる。
出典☛日経Automotive(2018年9月号)@日経BP社;p74 より加筆
NMC製造コストの66%が材料費!
実際のところ、2021年以降は現行LiBのNMC811が主流となっていくであろう。CATLがLiB価格に対して50$/kWhに自信をのぞかせているのはリン酸鉄LiBかもしれない。図14で議論した時には、2015年のNMC11(NMC333)コスト分析は材料費が34%であった。4年後の2019年の論文では、図29に示したように、今後の主流となるNMC811では全体の製造コストに対して材料費が66%と倍増している³⁾。この中で正極材料費は28%に昇る。やはり、図17で説明したトレードフローから、コストに関しては材料費という意味で中国勢に有利に働いているのかもしれない。
出典☛「2050年までの主役はLi-S系か、車両系はフッ化物イオン系に革新」
日経クロステック@2020.12.21 より加筆
ポストLiB候補「Li-S電池」は、コスト・性能パフォーマンスは高い!
ここで、現行LiBから離れて他のポストLiBについて触れてみたい。恐らく現行LiBを価格・性能・信頼性でしのぐ、EV搭載用の電池は明らかに2030年以降となると予想されている。図30に現在考えられているポストLiBについてまとめたものを示した。ほどんどがサイクル寿命で大きな課題があり、EVのようなクルマで使われる1,000サイクル以上の寿命は確保できていないようだ。それも考慮して、現在最も有力視されているポストLiB候補のいくつかを紹介してみよう。
一つはLi-S(リチウム硫黄)電池である。一番乗りした代表的な会社として、英国のベンチャー企業、OXIS Energy社が2021年にも製品化する。サイクル寿命は60~100サイクル程度であるため、ドローン、HAPS⁴⁾用に出荷されると思われている。性能的には重量エネルギーが現行の2.5倍程伸びて、2020年1月時点で471Wh/kgと発表されている。当然500Wh/kgの実現を視野に入れている。これのサイクル寿命が1,000サイクル以上を達成した時、全固体電池の2030年目標370Wh/kgを追い抜くことになってしまう。さらに、正極材として高価なNi(1,000円/kg)、Mn、Coに代わって、格安の硫黄Sを正極活物質に使う。日本では価格10円/㎏以下で流通しているため、大幅なコストダウンが図れると考えられる。
出典☛「2050年までの主役はLi-S系か、車両系はフッ化物イオン系に革新」
日経クロステック@2020.12.21 より加筆
問題はサイクル寿命を1000サイクル以上に伸ばすことにある。図31にLi-S電池の構造とサイクル寿命に対する課題を示している。現行LiBの正極材であるNi、Mn、Co系酸化物は、1分子1個につき1個のLi⁺と1電子しか蓄えられない(図9)。ところが、図に示したようにLi-S電池の正極活物質S₈1分子で16個のLi⁺と16電子を蓄えられる⁵⁾。そのため理論容量はNMC系の約6倍と高くなる。ただし、図31に示した課題➀「正極活物質S₈の溶出」が最も深刻な課題である。実は肝心のS₈が還元時(充電)にLi₂Sに一気に変化するのではなく、多硫化リチウムLi₂Sxという中間状態を経ながら還元反応が進行する。この点がLiBと大きく異なる。そしてこの中間状態である多硫化リチウムLi₂Sxが電解液中に溶け出してしまって還元反応に寄与する硫黄Sが減少していく。これがサイクル寿命を著しく短くして容量が低下してしまう原因なのである。サイクル寿命を1,000サイクル以上まで引き上げるのは相当時間がかかりそうだということだ。
出典☛「2050年までの主役はLi-S系か、車両系はフッ化物イオン系に革新」
日経クロステック@2020.12.21 より加筆
ポストLiB候補「フッ化物イオン電池」で1000㎞走るEVへ!
もう一つのポストLiB候補は「フッ化物(フルオライド)イオン電池」である。京大内本喜晴教授らとトヨタ社がフッ化物イオン電池の原型を発明した⁶⁾。蛇足ではあるが、トヨタ社も全固体電池にだけ賭けているのではなく、もっと先のポストLiBを策っているのだろう。
図32に示したように、フッ素、銅、コバルトを含む正極とランタンの負極からなる電池構成で活物質はフッ化物イオンである。現行LiBに対して、重量エネルギー密度は2.5倍であるが、体積エネルギー密度は4倍以上もある。これは航続距離が1,000㎞を超えるポテンシャルがあるということだ。ただし、実用化はLi-S電池よりも遅いと言われており、コストパフォーマンスも不明の状態である。
以上のことから、ポストLiB実用化の道はまだまた遠く、2030年頃までは現行LiBの進化型で市場に展開されていくという予想である。@2021.2.25記、2021.3.2修正
出典☛「1000キロ走るEVへ、京大・トヨタが次世代電池」日本経済新聞@2020.8.7 より加筆
《参考文献および専門用語の解説》
1)日経Automotive(2018年9月号);P74@日経BP社
2)「全固体電池は必要なのか、最大手CATLの真意」日経クロステック@2019.7.26
3)「2050年までの主役はLi-S系か、車両系はフッ化物イオン系に革新」日経クロステック
@2020.12.21
4)HAPS☛High Altitude Platform Stationの略。携帯電話の基地局装置を搭載し、高高度を飛び続ける無人飛行機。英語で「高高度基盤ステーション」を意味。
5)LIBはLiイオンの挿入脱離時に、NiやCoなどの遷移金属が結晶構造を変えないまま「インターカレーション」という仕組みで、電子をやりとりする。それに対して、Li-S電池は充放電時に活物質の分子構造自体が大きく変化する「コンバージョン型」だ。正極活物質の硫黄は、満充電時にはS8だが、放電後にはLi2Sとなり分子構造ががらりと変わってしまう。@「2050年までの主役はLi-S系か」日経クロステック@2020.12.21
6)「1000キロ走るEVへ、京大・トヨタが次世代電池」日本経済新聞@2020.8.7
これまで述べてきた第1章から第3章までの内容を簡単にまとめてみた。クルマから排出されるCO2量を2013年比で30%も削減するには、かなり思い切ったことをしなければ到達できないことが具体的な計算例で分かってきた。これまでのエンジン車燃費低減活動ではどうにもならないレベルまで主要各国はCO2を排出している。
その中にあって、日本・欧州の自動車メーカーはこれまでエンジン車の燃費低減にかなり努力を積み重ねてきた。日本はHV化、軽自動車で2019年までの6年間はシェアを60%以上を確保してきた。それでも2030年にはEV化率を10%にしなければ、パリ協定30%削減は難しい。一方、欧州はクリーンディーゼル化でシェア65%まで伸ばしてきた。ところが、2015年VW社のディーゼル排ガス不正問題で、CO2排出量が低いクリーンディーゼル車にブレーキがかかった。そこで、やむなく大きく電動化に舵を切らねばならなくなった。皮肉にもこれが世界中にEV化の口火を切るきっかけとなった。それまでほとんど眠っていたEV化に白羽の矢が立って、世界中の自動車メーカーがEVの開発にしのぎを削り始めた。
米国はCO2の第2位排出国としては、従来の延長で燃費低減を行っていた。トランプ政権時代ではSUV化率が80%を超え、シェール革命の恩恵を存分に受けていた。パリ協定からは脱退して、CO2を削減することなど一般消費者の頭の中には無いように思えた。唯一ZEV規制を施行している11州がEV化を意識して、市場に広めようとしていた。その中で、Tesla社はプレミアムEVを世に出し、注目を浴びていた。Tesla Model3は2019年には30万台も売れて、EV販売台数第1位に輝いた。
CO2排出量堂々第1、新車販売台数第1位の中国は、EV化よりも都市部の大気汚染問題に苦しんでいた。中国政府は渡りに船ということでNEVの補助金を出し、米国ZEV規制を真似たNEV規制を施行してEV化を広めようとした。結果として、2019年EV販売台数世界第1位に輝き、86万台のNEV(EV・PHV)が売れた。EV化率4%で世界平均の倍となった。
そんな中で、EVの開発は進められてきた。2020年現在、平均航続距離400㎞、平均価格400万円の高級車誕生である。最大のネック部品はリチウムイオン電池LiBの価格・性能から来るものであった。EVの三悪と言われる、価格・航続距離・充電時間は全てこのLiBによるものと言っても過言ではない。
EV三悪に対して、決してそれに手をこまねいているわけではない。電池メーカー、自動車メーカー、研究機関が今でも、より低コスト、高性能のLiB、ポストLiBの開発に尽力している。特に、政府の息がかかった中国CATL社は2020年LiB販売シェア第1位となった。中国本土にEVを売りさばくには、CATLと契約しなければ売れないようになった。世界中のメーカーがCATL社と契約を結んだ。VW社、トヨタ社、そしてTesla社も例外ではない。LiB価格も世界最安値の100$/kWh程度であり、50$/kWhも視野に入っているという勢いである。
更なる価格低減、性能向上を求めて、ポストLiBの開発をしている。2016年東工大、トヨタがサンプル作成に成功した全固体電池もその一つだ。しかし、2019年以降明るいニュースが流れてこない。現行LiBの価格、性能が良くなって来た現状から、全固体電池の優位性が示されにくくなって来たのではないか?それほどCATL発進の現行LiBは、価格・性能ともに優れていると言わざるを得ない。
更なる価格低減、性能向上のため、ポストLiBの候補者たちが手を挙げた。Li-S電池であり、フッ化物イオン電池である。これらはクルマの要求である電池使用サイクル数1,000サイクル以上には全く手が届かず、せいぜい10分の1の100サイクルレベルで止まっている。うまく開発が進んでもEV用のLi-S電池は2030年以降、フッ化物イオン電池はそれよりも後になるらしい。
残念ながら、少なくとも2030年までは現行LiBを進化させながらEVに搭載していくしかない。せいぜい車両価格:400➡350万円、航続距離:400➡450㎞、80%充電時間:30➡25分というレベルであろう。このレベルで世界の消費者はEVを積極的に購入しようとするのであろうか?したがって、クルマからCO2は2013年比で30%低減することは難しくなって来た。中国に至っては、人口増加と共に保有台数も増加していき、クルマからのCO2は増える一方である。
現行LiBのままでどういった問題が生じるのか?Well-to-WheelでCO2を考えた時、発電時のCO2低減はどうするのか?などポストLiBが出来上がるまで検討すべきことは多くあると思う。最終章では2030年頃までにこれらの問題にどう向き合って行ったらいいのか、思うところを述べていきたい。@2021.3.3記