パリ協定で地球温暖化は減速するのか?
地球温暖化問題で必ずやり玉に挙げられるのが、クルマから排出されるCO2排出量である。大気中のCO2発生主原因はクルマなのだろうか?この点、少々誤解されている方も見えると思うので、簡単に日本の例で数値を示す。2018年CO2発生原因第1位は工場などの産業部門で35.2%、そして第2位がクルマが含まれる運輸部門で18.5%、第3位は業務部門(商業・サービス事務所など)で17.2%、第4位は家庭部門で14.6%、そしてEVで課題となる発電部門が含まれるエネルギー転換部門が第5位の7.9%となっている¹⁾。運輸部門の18.5%の内、自動車全体(旅客・貨物)は86.2%で日本全体では15.9%となる²⁾。意外に思われた方々も多いと思う。と言ってもクルマのCO2低減には、さほど努力しなくてもいいということではない。
地球上で発生するCO2の総排出量を何とか抑制して、地球の平均気温上昇(産業革命以降)を2℃以下に抑えたいというCOP³⁾(国際会議)が年1回開催される。1997年に行われたCOP3で交わされたのが有名な京都議定書である。その18年後の2015年12月、パリでCOP21が開催され、世界200か国ほどの国々が温暖化対策に取り組むための仕組みとして、パリ協定を採択。各国はこれに調印した。
これには、1)各国が2100年末気温上昇を2℃未満に抑えることを目標とする、2)各国が2030年目標(2013年度比)を提出されること⁴⁾などが織り込まれ、翌年発効。2020年にやっと協定が本格実施され始めた。図1に詳細を示した。
出典:朝日新聞朝刊@2018年12月16日 より加筆
啓蒙活動でクルマのCO2低減はできるのか?
各地域の欧州燃費規制、米国ZEV規制、中国NEV規制などを集めたものがパリ協定なのか、パリ協定の下で各国の規制があるのか、どうもあいまいではあるが今は混在して規制、協定があると思っていい。いずれにしても一番の問題は「パリ協定には法的な縛りが全くない」ということだ。今の世界調和の中で最も弱い、倫理的道徳心に負うところが大きいのがパリ協定だ。実際、各国が提出した削減計画をもとに平均気温上昇を指定すると、2030年時点で2℃どころか3℃上昇するという結果になっている。更なる削減計画を各国に求めているのが2020年の現状である。
さて2020年コロナ禍の下、世界のクルマ販売台数も大きく影響を受けて、1億台に近づいた数字も10%強減少するだろうと予想されている。これは経済とは裏腹にCO2削減に対してはいい方向に向かっている。それでは、欧州、米国、中国という世界のCO2排出量の半分を担う?三大地域では、どんな動きになっているのか探ってみよう。
欧州では前編で詳しく解説したように、2015年9月に発覚したディーゼル排ガス不正問題に端を発して、EV化に大きく舵を切るという動きであった。ところが、EV化がもたらすいくつかの課題により、次第にその勢いは鈍ってきている。
米国ではトランプ政権の下、米国第1主義を掲げて2020年にはパリ協定を脱退するなど、地球環境問題に対しては後ろ向きな動きであった。ところが、11月に行われた大統領選挙にて民主党のバイデン氏が新たな大統領に選出された。バイデン氏は地球環境問題に対しては前向きに取り組むとの表明が既になされている。政治的な動きは別としてプレミアムEVメーカーのTesla社の動きに注目したい。
中国では2019年に開始されたNEV規制が施行されたが、NEVが中々広まらない状況にある。そのため、2020年にはNEV規制の一部を修正して、HVが優遇されることとなった。
以上のようなに、クルマのCO2低減活動はゆっくりと進んでいる?のであるが、具体的には2030年にはどの程度低減できるのであろうか?三大地域、欧州、米国、中国、そして日本において、何がどう変わって来たのか?今の状況を解説していきたいと思う。@2020.12.28記、2021.1.11修正
《専門用語の解説および参考文献》
1)「日本の部門別二酸化炭素排出量@2018年度」@JCCCA
2)「運輸部門における二酸化炭素排出量@2018年度」@国土交通省
3)COP☛Conference of Partiesの略。ここでは気候変動枠組条約締約国会議という意味。
4)「パリ協定、採択!その内容とは?」@久保田泉;国立環境研究所(2015.12.12)
2021年95gr/㎞規制は守れるのか?
欧州では2021年燃費規制95g/㎞が施行される。2015年130g/㎞からのCO2量削減となり、走行モードもNEDC¹⁾から実走行モードに近いWLTC²⁾となる。CO2量も測定モードも共により厳しくなるという2021年燃費規制である。
規制値95g/㎞に対して、メーカーの平均CO2の排出量が1g/㎞超過する毎に95Euro/台の罰金が科せられる。2018年の実績から推定された各メーカの罰金予想結果(2021年&2025年)を図2に示した。2025年規制値を81g/㎞とした予想結果である。また図3には欧州平均CO2の排出量推移2015年から2020年8月までの実績を示した。
まず、欧州最大販売台数を誇るVW社の2021年罰金リスクは何と4,570億円にも上る。Diamler社、BMW社も販売台数にしてはかなりの罰金リスクであるが、あくまでプレミアムカーメーカー。販売価格に上乗せ(消費者負担)も十分考えられる。VW社の場合、プレミアムブランドAudi社を除けば、一般大衆車に対する罰金となる。一体どうするのか?2大メーカーの相手方トヨタはHVで95g/㎞規制を何とかクリア。大きな違いである。欧州排気ガス規制でお得意のRelax規制値にしない限り相当な負担を強いられると考えていた。
出典☛日経Automotive(2018年6月号)@日経BP社;P92 より加筆
やっぱりと思うような、欧州CO2排出量に信じられない変化が現れた。2020年1-6月までは118.5g/㎞と予想された値³⁾であった。VW社も2019年の平均CO2は121.2g/㎞とほぼ予想通りの値となっていた。ところが、2020年1-8月実績では欧州CO2排出量は、何と102.2g/㎞まで16g/㎞も下がったのだ⁴⁾。
出典☛日経Automotive(2020年12月号)@日経BP社;P50 より加筆
説明は販売台数に内、67%が電動車(内訳不明?)となったというものだった。さらに、Relax規制というべき、スーパークレジット⁵⁾が適用されている。それにしても、電動化率67%でこんなに急激下がるとは未だに思えない。欧州電動化の主流はBSG⁶⁾化で、燃費効果は5-10%程度しか望めない。すべてBSG化してもCO2量は110-115g/㎞程度だ。また今の欧州のEV化率では多くて2%程度であり、スーパークレジットの恩恵も少ないように思える。さらに悪いことに、欧州も米中と同じようにSUV化率が上昇している。2015年17%程度であったのが、2019年には40%近くまで上昇³⁾している。いくらEV化、PHV化が数%拡がったとしても、欧州SUVの平均CO2は130g/㎞を超えている。4割がSUVでありながら、2020年には平均CO2が突然102.2g/㎞になる。どうみても不自然であり、真偽のほどは疑わしい。彼らにとって、唯一神風となったのは不謹慎ではあるが、コロナ禍お蔭で販売台数が減少し、罰金総額が下ったことぐらいだろう。欧州は「何故CO2を大幅に下げられたのか?」について明確にその理由を表明すべきである。しばらく静観して情報を収集していきたい。@2020.12.28記、2021.1.11修正
《専門用語の解説および参考文献》
1)NEDC☛New European Driving Cyclesの略。欧州における乗用車等(軽量車)の排出ガスや燃費評価に用いるテスト・サイクルで、1992年のEuro1以降に採用されたもの。
2)WLTC☛Worldwide-harmonized Light vehicles Test Cycleの略。世界的に調整された自動車の試験方法。WLTCモード燃費とは、その試験法に基づいて算出した燃費数値。欧州では2018年から導入されている。
3)日経Automotive2020年12月号;P51
4)日経Automotive2021年1月号;P44
5)スーパークレジット☛EV、50g/㎞未満のPHVに対しては、販売台数1台につき2台とカウントして計算できる。つまり、その分平均CO2量が薄くなるということ。@日経Automotive2021年1月号;P45
6)BSG☛Belt-driven Starter Generatorの略。スターターとジェネレーターを兼ねるモーター(発電機)を強化して、エンジンの補助出力に使う仕組みのマイクロハイブリッドと言われるシステム。
Tesla Modelだけが目立つ米国自動車技術?
米国のBIG3はどうしたのであろうか?経営を立て直すのに青息吐息の状態で、新技術のかけらもない。シェール石油のお蔭で燃費削減に力が入らない。世界のどこからも注目されていない。トランプ政権も終わりを告げるが、お蔭でオバマ時代に策定して燃費規制も先送りにした。バイデン政権で政治的にどう変わるか、BIB3が底力を見せるのか、是非とも期待したい。
その中にあって、米国と言えば今ではEV化の象徴であるテスラー社がある。世界のプレミアムEVをリードしている。米国GIG3が技術的にも販売台数でも低迷している中、Tesla社は世界で注目されている。欧州勢も単に十数万台のプレミアムEVメーカーと侮っていたが、今や米国、中国そして欧州に襲い掛かっている。
図1に世界のEVメーカーシェアを示した。また、図2は各EVメーカーが販売しているEVの販売台数ランキングである。先ず言えることは、2015年のVW社ディーゼル不正問題以来、EV化の連呼続けて2019年を終えた。ところが結果は見ての通り、EVシェアは2.2%。2018年から0.1%しか増えていない。国別で言えば、やはり中国シェアの39%は凄い。それでもEV化率は5%程度である。その中にあって、Tesla社の35万台越えは立派である。さらに、図2のモデル別ではTesla社にあっては小型に分類されるモデル3の販売台数は30万台を超えている。今の米国のクルマにみる技術は全くないが、Tesla社だけは別格かもしれない。
図3にモデル3の概要をまとめた。非常にシンプルにまとめられ、あるべきEVの姿、近い将来のEVのかたちを示している。残念ながら、最安値のプレミアムカーと言えど、価格は600万円を軽く超える。小型EVといえど、大きさは日本車の大型セダンと同等かそれ以上である。しかし、中身は学ぶべき技術が満載されている。米国がZEV規制をどうのこうのと言っている間に世界EVのTOPに立ったのが、Tesla社である。恐らく100万台を超える、ドイツプレミアムメーカーBIG3と同等のプレミアムEVメーカになっていくだろうと今から楽しみである。
ただし、北米クルマの2019年新車販売台数は1.3%減の1,705万台¹⁾。乗用車は10.1%減少であるが、SUVは2.6%プラスとなっている。SUV化率は全体の70%越えということで相変わらず燃費の悪いクルマが大陸を走っている。日本メーカーも悪乗りして、利益率の高い、顧客の求めるSUV販売に力を入れている。トランプ政権からバイデン政権に変わることにより、米国燃費規制は復活すると思うが、世界第2位のCO2排出国であるという自覚が全くないのが米国の基本的な問題だ。何とかしてもらいたいものだ。
その中でTesla社EV技術の動向には、是非各社とも追従してもらいたい。あくまでプレミアムEVではなく、今のガソリン車と同等性能、同等価格のいわゆる大衆EVを目指してもらいたい。安全性の低い中国製100万円以下の小型EVは、先進国では全く受け入れられないだろう。モデル3と格安EVの中間レベルの安全性の高いクルマを早く開発・生産されるのを期待している。@2020.12.28記、2021.1.11修正
《参考文献》
1)「自動車販売台数速報:米国2019年」@MARK LINES
大気汚染、CO2削減をNEV規制施行ですり替えた中国!
では、世界第1位のCO2排出国である中国は、どのような動きがあったのか?図7に2010年~2019年における中国の新車販売台数の推移¹⁾を示している。2017年2,888万台という世界一の販売台数を誇り、翌年には3,000万台を突破する勢いであっった。この内訳で乗用車・SUVが2,472万台となっている。2018年から中国経済全体のGDPの伸びが鈍るなどが影響して減少傾向にある。さらに2020年コロナ禍にあって、微減の2,530万台と予想されているのは立派である。2019年2,577万台の内訳はトラック・バスが432万台、乗用車・SUVが2,145万台。SUV化率は52%と半分が燃費の悪いクルマが中国大陸を走っている。
2019年からCO2を大幅に低減できるEV、PHVの市場展開を促進する意図で、図8に示した中国NEV規制²⁾が施行された。しかし、中国国内のメーカーもこの規制に追従できず、規制緩和を強いられている。具体的にはNEVの対象車にHVを含めた燃費上車が加えられた。従来であれば、GV、HV半々の100万台メーカーは2万台弱のNEVを販売しなければならなかった。しかし実態は2019年のNEVシェアは5%程度であり、問題なのは残り95%のクルマの燃費をどう下げるかだ。中国政府はCO2排出量が堂々の世界第1位という自覚は少なく、問題をすり替えてNEV規制強化に話をすり替えてきた。そこで、NEVでどの程度平均CO2を下げられるのかが重要となる。
ではそのNEVの販売台数は果たして伸びてきているのだろうか?図9に示したNEV販売台数推移から分かるように、2016-18年までNEV販売台数の前年比が+50%以上を記録していたのに、2019年にははじめてマイナス成長となるー4%となった。2019年販売台数2,577万台中、120万台がNEV。EV化率は4.6%と世界平均2.1%の倍以上ではあるが、NEVによるクルマからのCO2削減活動は止まったも同然である。
中国政府としてはNEV規制をこのまま強化(2023年には18%)したとしても、NEV販売台数はさほど増加するとは思えず、やむなく2019年後半からは図8に示したNEV規制緩和策を施行することとなった。例えば、NEV規制によれば2019年には100万台販売するメーカーにはEVを2万台販売することを義務付けていた。これに対して燃費がいいHVを100万台販売するならば、EVは6,000台販売すればいいというのが今回の緩和策³⁾である。日本の燃費がいいHVが俄然有利となった。さらにHVを優遇してNEV以外の95%のクルマ、特にSUVをHV化するというメスを入れるべきであると思うのは私だけであろうか。2021年以降の実績を詳細に静観していきたい。@2020.12.28記、2021.1.21修正
《専門用語の解説および参考文献》
1)「自動車販売台数速報;中国2019年」@MARK LINES
2)中国NEV規制☛中国国内ではプラグインハイブリッド(PHEV)、電気自動車(BEV)、燃料電池車(FCV)を新エネ車NEV(New Energy Vehicle)と定義し、その普及を目指している。2018年施行予定であったが、1年遅れの2019年から開始した。
3)「中国NEV規制について説明します」EV業界が分かるノート@2019.5.4
あまりに遅いCO2低減活動の三大地域、欧州・米国・中国!
世界CO2総排出量の半分以上を占める三大地域、欧州、米国、中国が2020年までにどんな動きをしてきたのか、TOPICを入れて述べてみた。量的に差こそあれ、CO2排出量削減の方向に動いてるのは間違いないが、あまりに削減速度が遅いような気がする。詳しくは次の第2章で述べさせていただく:
➊欧州☛EV化を連呼した割には進んでいない。ディーゼル化が低下(60➡30%以下)したため、2016-2019年は逆にクルマCO2が上昇。2020年BSG化、スーパークレジットなどで95g/㎞規制まであと6.5g/㎞まで削減?とあるが、真偽は定かではない。本来目指すべきEV化、そしてCO2削減が進んでいないように思える。
➋米国☛世界の先進国で最も燃費規制が遅れている国と言える。シェール石油の恩恵(安価なガソリン)がこの国を、そしてBIG3をダメにした。これに、80%以上になるSUV化が拍車を掛けた。その中に合って、Tesla社はプレミアムカーではあるが、孤軍奮闘している。この国は一体どこに向かっているのであろうか?自分たちが世界で2番目に多くCO2を排出しているという自覚は有るのだろうか?コロナ禍で大変な時期ではあるが、バイデン政権のもと、真剣に取り組んでもらいたい。
➌中国☛米国ZEV規制に倣って、NEV規制を2019年から始めた。ただし、世界一のCO2排出国としては全く不十分というか、目先のごまかしのような気もする。NEV化されない95%のクルマをどうするのか、SUV化率が50%を超えた現実を十分踏まえたCO2削減活動をどうするのか。元々クルマの排気ガスで都市部が汚染されていたという実態から判断すれば、もっと手近なHV化から入った方が得策であった思う。中国政府は、世界で最も多くCO2を排出しているという現実から、CO2削減の活動をしてもらいたいものだ。
EV三悪をポストLiBで解決?
今のところ、クルマのCO2削減と言えば、電動化、HV化、そしてEV化となる。ただし、EVの三悪と言われる価格・距離・充電時間は未だ消費者にとっては不満足な状態である。これでは消費者は積極的にEVを購入する気になれない。最大の原因であるLiBの価格・性能・信頼性を大幅に進化させるポストLiBの展開に期待したい。これについては、第3章で詳しく解説する。
Tank-to-WheelからLCAによるCO2削減
2020年までに提出された各国のパリ協定約定内容から、2030年に上昇してしまう地球平均温度は、図10に示したように、3℃というとんでもない結果¹⁾が出てきた。一方、欧州が2030年以降にLCA²⁾でCO2排出量を評価しようという動きがあり、単にEV化だけではCO2削減は解決していかない。世に出てしまったクルマからだけのCO2排出量という考え方で評価するには無理があるようだ。これらについては、第4章で触れることにする。
いよいよ、各論について説明を始める。言葉、数式に慣れない点は読み飛ばして、楽しんで頂くことを願うばかりである。@2021.1.5記、2021.2.26修正
《専門用語の解説および参考文献》
1)「パリ協定とは?脱炭素社会へ向けた世界の取り組み」WWFホームページ@2020.6.30
2)LCA☛Life Cycle Assessmenの略。2030年を想定し、自動車のライフサイクルでCO2排出量を評価するLCAの議論が欧州で始まった。@日経Automotive2019年12月号