「さてこれまでの復習はできたかな?ガソリンエンジン、ディーゼルエンジンの基礎的な話、燃費、排気ガスなどを話してきたね。今日からは、あのVW社が米国市場のクリーンディーゼルで結果的には敗北した相手、トヨタプリウスを代表とするハイブリッド乗用車HV¹⁾について話を進めて行こう。」
「非常に興味がある。そのVW社のクリーンディーゼルを打ち負かしたHVってどんな車で何で燃費がいいのか知りたいね。10の疑問の3番目、➌HVは何故に日本市場にしか広まらなかったのか?に繋げて行きたい。」
「では昔話から始めようか?世界初のHVは、図3-1に示したロナー社(オーストリア)が製造したミクステ車²⁾と言われている。あの有名なポルシェ博士が設計したシリーズHVで、1901年にパリモーターショーに出展された。シリーズHVというのは、後で詳しく説明するけれど、簡単に言えばエンジン・モーターがシリーズにつながっているタイプ。エンジンは電池充電のために運転され、その電池の電力でモーター駆動されるというHVだ。ミクステ車には仕様に書かれているように、各2台のエンジン、発電機、バッテリー、モータが搭載されたHVだ。でもその当時では値段が高すぎて、結局7台しか売れなかったそうだ。
出典☛「ポルシェ博士の電気自動車 」森本雅之 、稲森真美子@東海大学
その後90年以上の時が流れて、HVが市場に現れるのは1994年。Audi社が市販車のHVを販売開始した。しかし、あまりに高価なHVであったため販売は全く振るわなかった。
そして、1997年トヨタプリウスが21世紀に間に合いました!というキャッチフレーズで販売が開始された。初期のハイブリッド車であるため、走行性能は軽自動車並でありバッテリーの不具合を心配する人も多かった。確かに私も当時試乗したけれど、ギクシャクしたクルマの動き、回生ブレーキ³⁾がきつくとても乗れたものではなかったよ。年間の販売台数は最大でも2万台を超えることはなく、モデル末期には1万台を割り込んでおり、3代目のような「大ヒット」は記録しなかったものの、ハイブリッド乗用車史の基礎を築き上げるには十分な販売実績を残した⁴⁾。」
「一方、同年Audi社はHV市場に見切りをつけて、ディーゼル乗用車(DV)に大きく舵を切ってしまった。この年BOSCH社から乗用車用コモンレール⁵⁾が生産開始され、コモンレールを搭載したDVの開発にAudi社は力を入れた。結果から言えば、2社の方針選択は、後のトヨタ社とVW社との運命の分かれ道となってしまったと言えるかな。
その後、トヨタプリウスもさほど販売は伸びてこなかったが、2009年3代目プリウスが世に出始めると一気にHV時代が到来したという感じになった。初代プリウスと比較すれば、3代目プリウスは圧倒的にクルマの性能が上がったね。」
「ところで、HVというとどんなことを思い浮かべる?」
「そうだな、低燃費、静か、というところかな。ただ、ガソリンエンジンとモーターの両方で駆動するから、値段は高いクルマになると思っていた。」
「ではHVの構造となると、どの程度知っているのかな?」
「詳しくは知らない。一言でいえば、さっき言ったようにモーターかエンジンのいずれか一方で運転する、もしくは両方合わせて運転しているという感じかな。だからHVの燃費がなぜいいのか?またプリウス、フィット、ノート⁶⁾というHVの違いは、全く知らない。要するに、エンジンはあまり使わずにモーターで走るから燃費が良くなるのかな?というレベル。まして、初めは日本市場でしか売れなかったのは何故なのか、全く分からない。」
出典☛「ハイブリッドカーはなぜ走るのか」御堀直嗣@日経BP;p25
「わかった。では基本的な話から始めよう!図3-3にガソリン乗用車(GV)とプリウス(HV)の構成の違いを概略示してある。GV☛HVの構造の相違点は、
1)エンジン☛エンジン+2つのモーター(駆動モーター、発電機)
2)トランスミッション☛動力分割機構(エンジンとモーターの出力を駆動軸に伝達)
3)12Vバッテリー☛12Vバッテリー+高電圧⁷⁾モーター駆動用バッテリー
4)エンジンECU☛エンジンECU+パワーコントロールユニットPCU(インバーターユニット⁸⁾+バッテリーコントローラー⁹⁾)
などかなぁ。」
「一見複雑そうに見えるけれど、トランスミッションのスペースの所に2つのモーターと変速機が入るんだ。電池の置き場所には困るけど、従来のクルマの大きさとあまり変わらないかな?」
「そうだね。ではHVの基本運転モードを簡単に説明すると、次の3つに分けられる:
➊クルマの低速域:モーター走行(☛EV走行)
➋クルマの中速域・加速域:モーターとエンジンの両方で走行(☛ハイブリッド走行)
➌クルマの高速域:ハイブリッド走行もしくはエンジン単独走行
これに走行モードではないが、クルマの惰性で発電機(モーター)を回し、エネルギーを回収する回生エネルギーのモードが追加されるくらいかな?」
「なるほどね。案外、分かりやすい運転モードなんだ。」
「ただし、モード間で移動するときの過渡モードは、メーカによっていろいろなパターンで運転されているようだね。」という簡単な思い出話を含めて、HVの概要と歴史のおさらいを終えた。@2018.12.12記、2019.7.25、2019.12.14修正
《参考文献および専門用語の解説》
1)HV☛本稿ではガソリンHVのことを単にHVと呼ぶ。
2)「ポルシェ博士の電気自動車 」森本雅之 、稲森真美子@東海大学
3)回生ブレーキ☛アクセルペダルを離すと、モーターはそのまま駆動され発電機となって逆起電力を発生させる。この逆起電力がブレーキとなってモーター(発電機)の回転を止めようとする。これが回生ブレーキだ。
4)ハイブリッドカー@Wikipedia
5)乗用車用コモンレール☛第17話で登場したクリーンディーゼルの高圧燃料噴射装置。トラック用は1995年デンソー社が世界初であるが、乗用車用は1997年BOSCH社が世界初。
6)プリウス、フィット、ノート☛それぞれトヨタ、ホンダ、日産のHV。プリウスは中型HVであるが、フィットHV、ノートHVはトヨタアクアと同格で小型HV。
7)高電圧☛200~300Vという高電圧。エンジンルームを明けるとよく分かるが、12Vの黒色の被覆で覆われている。それに対して、高電圧用の被覆は十分な漏電対策を施したオレンジ色の配線群だ。
8)インバーターユニット☛2つの回路から構成される:
➊インバータ回路:直流⇔三相交流に変換する装置
➋コンバータ回路:直流を昇圧、降圧する装置(DC-DCコンバーター)
9)バッテリーコントローラー☛電池の充電率(SOC)を予測して充放電を行う装置