「昨日のクリーンディーゼルの話は、どうだった?」
「今の時代に合わせようとすると、ディーゼルエンジンは複雑になってしまったなぁというのが正直な感想。」
「同感だね。このクリーンディーゼルはDVの限界を伸ばした。別の言い方をすると、DVを追い詰めたという気がする。その結果として、VW社のディーゼル排ガス不正問題が起きてしまったと言えるかもしれないなぁ。では先ず問題が起きた背景、経緯を順に説明していこう。自動車雑誌³⁹⁾、ネット記事などの内容と私個人の意見も入れながら話すよ。
話は今から10年ほど前の2007年夏に遡る。VW社は当時600万台だった世界販売台数を10年後には1,000万台にする計画を発表。その最大の市場を米国に求めた。当時北米ではドイツ勢が各社数%のシェアに対して、日本勢は35%を超える勢いであった。中でも環境車を前面に押し出したトヨタ車の販売は好調で、環境車の旗印であるトヨタプリウスに対抗するクルマがVW社としてはどうしても必要だった。
北米市場ではSUV化が50%近くまで進んでいた。エンジンは低速トルクが高い大排気量のV6、V8型NAエンジンが主流。そこでVW社はトヨタプリウスに対抗するクルマとして、低速トルクが高いクリーンディーゼル車を選択した。結局HVの対抗としてクリーンディーゼルを充てたことが、大きく今後のVW社を変えてしまうことになった。
2008年夏にEPA(米国環境保護局)の排ガス規制Tier2 Bin5⁴⁰⁾、CARB(米国カリフォルニア州大気資源局)の排ガス規制LEVⅢ⁴¹⁾に適合したクリーンディーゼルEA189、排気量2.0Lの4気筒ターボエンジンを搭載したJettaが販売開始された。米国の厳しい排ガス規制ではディーゼル車の排ガス適合は無理と言われたが、VW社は見事にクリーンディーゼルの技術を結集して規制をクリアしていた。これは専門家の中でも注目を浴びた。2008年9月のリーマンショックで米国内の全体の販売台数が一気に落ち込んだ中、VW社のJettaは2008年ロサンゼルスオートショーでグリーンカー・オブ・ザ・イヤーに選出された。VW社の思惑通りに、クリーンディーゼルは販売を伸ばしていった。
ところが5年後の2013年、VW社の拡販戦略に水を差すように、欧州委員会⁴²⁾(EC)が欧州の自動車メーカーは排気ガス試験の抜け穴を利用していると結論付ける発表をした。味方であるはずの地元から矢が飛んできた。2013年2月EC規制当局はCARBに対して、VW社製ディーゼル乗用車の米国内における路上走行時の排気ガスデータを調査するよう依頼してきた。調査はICCT⁴³⁾に委託され、米West Virginia大学の研究者たちが行った。
2013年春に7週間にわたって、VW社のJetta、Passat、BMW社のX5の3台での実路NOx値の測定が行われた。試験は高速道路、3種類の市街地、丘陵地帯で実路値の計測を行った。実路NOx値の計測器にはPEMS⁴⁴⁾が使われた。規制対象である排ガスモード値⁴⁵⁾も調べた。その測定結果⁴⁶⁾を図2-13に示した。」
「図中の緑線のNOx規制値(モード値)に対して、BMWのX5は丘陵地帯走行では10倍程のNOx値を示しているが、残りはモード試験走行時の範囲以内に収まっていた。ところが、VW社の2台については、Jettaは15-35倍のNOx値、Passatは5-20倍のNOx値が測定されてしまった。ただし、モード値は共に規制値以内である。これが問題となった。測定結果は何度も確認された。しかし測定事実は変わらなかった。
遂に2014年3月31日にカリフォルニア州サンディエゴでWest Virginia大学の研究チームからに図2-13に示した内容が発表された。モード値と実NOx値の差があまりにも大きいため、VW社側に何か不正があるのでは?と疑われてしまう結果となった。これに対して規制当局とVW社の間で話し合いは続いたが、VW社は非を認めることはなかった。
そして平行線のまま1年半の時が過ぎた。そして2015年9月3日VW社幹部とEPA、CARBとの電話会議で、遂にVW社は正式に不正があったことを認めた。9月上旬から開催されていたモーターショーIAA⁴⁷⁾中に衝撃が走った。EPAがVWグループに大気汚染防止法に対してディーゼル車が違反していると通告され、VW社はその事実を認めたと報道されたのだ。モーターショーどころではなくなってきた。以上が大事件発覚までの背景、経緯をまとめたものだ。」
「VW社は相当追い込まれていたんだね。」
VW社の排気ガス不正問題は、起こるべくして起きたとハカセは考えている。これは単に技術競争という訳ではなく、世界販売台数を伸ばそうとしている各社戦略が大いに絡むため、複雑な不正事件となった。ここではエンジン技術という観点だけでこの事件を顧みれば、クリーンディーゼルに代表されるDVが今の世の中に合わなくなってきた、もしくは限界に近いことを示していると思う。午後からは技術的な話に絞って、この事件の内容を純一郎に説明しようと思った。@2019.7.24記、2019.12.4修正
《参考文献および専門用語の解説》
39)例えば、「VW排ガス不正の真相」@日経Automotive(2017年10月);p64
40)Tier2 Bin5☛米国環境保護局(EPA;United States Environmental Protection Agency)が定めた排気ガス規制で、規制開始時期は2017年。NOx排出量のレベルによって全11段階(Bin1〜Bin11)あり、このうちディーゼル車に関するものがBin5と定められている。「もう軽油ではなく人工の燃料を燃やすエンジンでないと対応できないのでは・・・」と思うレベル。@SYNODOS(2016.1.28)
41)LEVⅢ☛米国カリフォルニア州大気資源局(CARB;California Air Resources Board)により定められた排気ガス規制。規制開始時期は2015年でTier2 Bin5よりも時期が早いが、規制値そのものは同じ。
42)欧州委員会☛ECはEuropean Commissionの略。欧州連合の政策執行機関。
43)ICCT☛International Council on Clean Transportationの略。NPOの国際クリーン交通委員会。
44)PEMS☛Portable Emissions Measurement Systemの略
45)排ガスモード値☛シャシダイナモメータ(路面の代わりにダイナモメーターを連結したローラーに駆動輸を載せて実車走行試験を行う装置)上での排気ガス測定値。この値が排気ガス規制対象となっている。
46)「In-Use Emissions Testing of Light-Duty Diesel Vehicles in the United States」West Virginia University@2014.5.15
47)IAA☛Internationale Automobil-Ausstellung の略。通称フランクフルトモーターショーのことで、フランクフルトで2年に1度開催される世界最大のモーターショー。